絵はがき仙崎町全景（宮内写真館発行）　と　「聞き書 山口の食事」 

　みすゞページを始めた翌年辺りから、瀬戸崎の話を書こうと思っていました。その一つが暮れからお正月にかけての暮らしや報恩講のことです。みすゞ詩に色濃く残る瀬戸崎の、往時を偲ぶことも「akaneの金子みすゞの旅」の大きな主題です。ということで暮れから報恩講までを見ていきたいと思います。

 暮れから報恩講に関する作品というと、�@冬の雨(�V274下198)、�Aお正月と月(�T102下14)、�B店の出來事(�V104上138)、�C海と山(�V151下34)、�D大晦日と元日(�V106上140)、�E茶碗とお箸(�V132上172)、�F元日(�U152下12)、�G去年(�V108上142)、�Hかるた(�T109下26)、�I夢賣り(�T116下36)、�J粉雪(�T159下98)、�K硝子のなか(�V110上144)、�L報恩講（�U1181下56）、ざっとこのくらいでしょうか。以上、適当に暮れからの時間経過順にしてみました。

 そうことで みすゞさんの詩も参照しながら、仙崎の暮れからお正月を「長門市史・民族編」、「聞き書 山口の食事」(右写真）等や、大正12年の仙崎生まれでかつて遍照寺の仏教婦人会長を務めておられた、中谷貞女（なかやさだめ）さんの話を参考にしながら書いてみようと思います。

「母さま、母さま、ちよいと見て、雪がまじつて降つててよ。」/　「ああ、降るのね。」とお母さま、/ お裁縫（しごと）してるお母さま。/　─氷雨の街をときどき行くは、/ 　みんな似たよな傘ばかり。//「母さま、それでも七つ寝りや、/　やつぱり正月來るでしよか。」/「ああ、來るのよ。」とお母さま、/　春着縫つてるお母さま。/　─このぬかるみが河ならいいな、/　　ひろい海なら、なほいいな。//  ・・─さみしくあてる、左の頬に、/　つめたいつめたい硝子です。」冬の雨(�V274下198)

　正月を一週間後に控えた、氷雨降る日のみすゞ母娘の会話です。母が正月に着る春着を縫うのに忙しいとき、娘はおかまいなくぬかるむ道が河や海だったらとか、道に櫓船が通ると想像の輪をひろげています。でも、春着の準備に追われる母は生返事な相槌を打つばかりです。

　店の前の新町通り（現・みすゞ通り）は、昔は雨が降ると泥でぬかるみも出来ていました。通りを行く男の人はもちろん番傘、女の人でも普通の家では子どもから大人まで番傘をさし、黙って通り過ぎて行きます。蛇の目傘に高下駄でゆくのは、いいとこのおかみさんでした。

　写真の硝子戸（右）に、赤いものが写っていますが斜め向かいの郵便局のポストです。そういえば年賀はがきはすでに明治後期には、年末にまとめて出すのが一般的となっていたようです。ついでの話ですが昔の商店の入口は、写真のように硝子戸に店名が書かれていたものでした。ただ実際には文英堂ではなく「金子書林屋」と呼ばれていました。最近発見された絵葉書の発行元には「金子書店」とも印刷されています。

　みすゞ通りの正月飾り　　と　　船だんさま（山口の食事より）

「お月さん、/ なぜやせる。// かど松の/ 松の葉のよに/ なぜ細る、//　お正月くるに。」お正月と月(�T102下14)

　詩の中にある月は満月をピークにやせていく、下弦の三日月でかど松の松葉のように細くなっていくとあります。長門市史を見ると仙崎では門松を飾るような家は、親方の家か官公庁だったと書かれています。項目5.に出て来る大晦日と元日(�V106上140)の詩では、「町ぢゆうに松がたつて」とありますが、すこし詩作での脚色が入ってるかもしれません。

　今も昔も普通の家では玄関先にしめ飾りを飾りました。現在は青海島の通地区で、大日比のシルバーさんがしめ縄作りを教えているそうです。暮になるとそんなしめ飾りが、仙崎でも売られていたかもしれません。

　また船を持っている漁家では、船霊(ふなだん）様に輪飾りや鏡餅を飾って新年をむかえました。(長門市史）　船霊様とは船の安全を守る神様のことです。「聞き書 山口の食事」（萩・大井湊）には、その「船だんさま」を拝む写真（右）がのっています。家では玄関、神棚、床の間、井戸、かまどにも、シダとユズリ葉やダイダイを組み合わせてしめ飾りが飾られました。そして仙崎ではほとんどの家で餅をついていました。お餅を飾るのは神様だけではありません。檀家ではお正月になるとお寺へお餅を持ってゆき、仏様にお供えしてもらいました。

（ここでいう正月ですが、戦前の仙崎では旧の正月を祝っていた家がほとんどでした。船霊様や家のお飾りもそうです。とはいえもちろん官公庁や学校等は新正月に合わせていました。）

「霰（あられ）がこんころり、/ 潜戸（くぐりど）からはいつた。/ お客さんが、霰と、/ お連れになつてはいつた。/　（こんばんは。）/　（はい、いらつしやい。）//　歌時計がちんからり、/ お客さんの手で鳴つた。/　あられの音にまじつて、/ 一つとやを歌うた。/　（さやうなら。）/　（はい、ありがたう。）歌時計がちんからり、/　鳴り鳴り出てつた。/　消えるまできいてて、/　ふつと氣がつけば、/　霰はとうに止んでゐた。」店の出来事(�V104上138)

　現在の記念館の金子文英堂では夜に大戸（雨戸）は閉めない様ですが、詩のように夜に大戸を閉めた後は潜り戸から出入りしたので、客が入ると空気の流れで霰も一緒に入ったという情景です。ここに出て来る歌時計というのは小さなオルゴールのことで、昔歌われていた「一つとや」という「わらべうた」には正月の風景が出てきます。
「一つとや、ひと夜あければ、にぎやかで、にぎやかで、おかざり立てたり、松かざり、松かざり」

　ところで昔のお正月では商店はどこもお休みでしたから、昼中でも入口の大戸を閉めると店内は真っ暗でした。もしかすると文英堂などは新年号を求める子どものため、一部は開けていたかもしれませんが、正月の新町（みすゞ）通りの商店では、どこも大戸が閉まっていました。各家では正月準備として輪飾りと同様に鏡餅を、神棚・仏壇・床の間・クド（かまど）にお供えしました。
仙崎洲崎町では床の間にシダを敷き、鏡餅の上にユズリ葉とダイダイを置いたとあります。(長門市史）　そういえば、海と山(�V151下34)に、「ゆづり葉」が出ていましたね。この中にある「ゆづり葉に乗ってくるお正月」なども、古くから歌われた「わらべうた」の影響がみえます。

「・・それから、ゆづゆづゆづり葉にのつて、/ 山からくるもの/ お正月。」海と山(�V151下34)

昭和初期の仙崎町風景（中村理美容院様） 

「兄さまは掛取り、/　母さまはお飾り、/　わたしはお歳暮。/　町ぢゆうに人が急いで、/　町ぢゆうにお日があたつて、/　町ぢゆうになにか光つて。//　うす水いろの空の上/　鳶（とんび）は静かに輪を描いてた。// 兄さまは紋附、/　母さまもよそゆき、/　わたしもたもとの。/　町ぢゆうに人があそんで、/ 町ぢゆうに松が立つてて、/　町ぢゆうに霞が散つてて。//　うす墨いろの空の上、/　鳶は大きく輪を描いてた。」大晦日と元日(�V106上140)

　「大晦日と元日」の詩は大晦日を挟んで、たった一日で家の中や外の景色が一変してしまう様子をよく表しています。写真は新町（みすゞ）通りの年末の様子で、大売出しの幟が上がっていたり、ねんねこ姿のねえやとおばさんが子どもを背負っていたりして、人通りも多いにぎやかな師走風景です。昔は仙崎に来ればだいたいの物は揃うと言われてましたので、近隣の町からも買い物客が来ていました。

　路上では坊主刈りの子どもが遊んでおり、「コマまわし」「パッチン（メンコ）」を裏側に返すメンおこしや「輪まわし」が人気でした。凧揚げは「だんべの浜（北本町の南部付近？）」でしていました。女の子は家の中で「おはじき」「カルタ」、みすゞ詩にも出て来る「十二竹（じゅうにたけ・じゅうにだけ）」や「お手玉」をしていました。昔の子どもはカルタで字を覚え十二竹で数を覚えました。

　詩の中では兄さんは掛取り（期末の集金）に行き、お母さんは正月飾りのお餅の準備をし、みすゞさんはお歳暮届けのようです。長門市史によれば分家は、暮にはかならず歳暮をもって本家に行っていたとあり、歳暮には黒砂糖（普通の白砂糖も）が多かったとされています。金子家からみると青海島の石津家や、大日比の前田家が本家筋にあたります。暮には忙しい兄さんに代わり、「わたしは」お歳暮を届けにいったのでしょう。一般の家ではお宮（祇園社）とお寺へ、お飾り用の餅を持っていきました。

　北浦では大晦日（12/31)には大きい年をとるようにと、必ずくじらを食べました。くじらの赤身を、ごぼう、こんにゃく、にんじんなどを油でいためて「南蛮煮」にしました。鯨は他に刺身や臓物を湯がいて食べました。また節分の時も鯨や大羽鰯を食べました。
大晦日の夜は福の神が来るように、黒豆とごぼうを煮て正月に神様にお供えしました。（聞き書　山口の食事）黒豆やごぼうには魔除け・健康・安泰の意味があります。
大晦日はオーツゴモと言いました。一年の最後の食事は、来年がよく見えるように穴の開いたハスを、良い年をトリコムため鳥を食べ、大きないい年をとるために鯨を食べました。（長門市史）

　大晦日、金子家でもよい年が迎えられるように、みんな揃ってくじら料理をいただいたのでしょうか。大晦日は夜更かしして新しい年を迎えました。年が明けると神棚にお灯明をあげ、お飾りをお供えしたかまどなどにお詣りしました。（仙崎ではあまり一般的ではなかったようですが）年が明けたお正月の朝は、梅干しを入れた大福茶を神棚や仏壇にお供えしていただきました。お雑煮は鰹やいりこだしの澄ましで、丸もちは切らずに大根やかぶ、豆腐、かぶの葉やねぎなどを入れて煮て焼きのりを散らします。（聞き書　山口の食事）
　ことのついでに次の詩も紹介しておきましょう。

「お正月でも/　花ざかり、/　私の紅繪（べにえ）のお茶碗は。//　四月が来ても/　花咲かぬ、/　私のみどりのお箸には。」茶碗とお箸(�V132上172)

「みんなで双六（すごろく）しませうと、/　みんなの御用のすむときを、/　待つてゐるまはさみしいな。/　　　遠い遠い原つぱで/　　　男の子たちの殸（こえ）がする。//　大戸卸（おろ）して屏風をたてて、//　暗い暗いうちのなか、/　お山のやうにさみしいな。// 　　凍てた表にからころと、/　　　さむい足駄の音がする。//　昨日は夜を待ちくたびれて、/　今朝も跳ね跳ねお着物（べべ）を着たが、/　お正月とはさみしいものよ。/　姉さん学校へいつちやつて。/　母さん御用がまだすまぬ。」元日(�U152下12)

　双六（左写真）、カルタ、福笑いなどは、お正月ならではの遊びでした。今時は双六など見かけもしませんが、昔の雑誌の正月付録には必ずついていたものです。サイコロの目で「フリ出し」から進んでいき、先を争って「上リ」を目指しますが、途中「休ミ」があったり「五ツ戻レ」とかあったりして、なかなか思うようには進みません。

　そんな双六の紙を大きく広げ、ひとりで家族が集まるのを待つのはさみしかったことでしょう。一月一日は出校日で姉さんは学校へ行っています。「姉さん」は兄堅助さんを言い換えたものでしょう。その学校では「年の始め・・」を唱って、紅白のお饅頭を戴いてきます。家の中は大戸が閉まって暗く、正月用に出しためでたい屏風が却ってさみしさを募らせます。双六などは大勢の方が面白いですから、近所の友達を呼ぶことも多かったことと思います。仙崎ではカルタや百人一首が人気でした。

　「ほうびき（宝引）」（右写真）などは古くから、日本全国にあった正月の遊びです。親になった人が細縄に一つだけ小さなダイダイを結んで手に隠し持ち、子たちはその当たり縄を選んで一斉に引っぱります。仙崎では明治38年に作られた「戦友」の歌に合わせ、親と子が縄を引きあいながら始まり「ハイ、引いて」の掛け声で引いたそうです。
長門市史によれば当たりの商品は、ミカンや餅だったそうですが、商品は中味が分からないよう袋に入ってたりもしました。こうした宝引は子どものみならず、大人の男衆の遊びでもあり金銭を賭けることもあったといいます。

「お舟、みたみた、/　お正月、元旦、/　旗も立てずに黒い帆あげて、/　ここの港を出てゆく船を。//　お舟、あの船、/　乗つてるものは、/　けふの初日に追ひ立てられた、/ ふるい去年か、去年か、さうか。//　・・//　去年、みたみた、/ お正月、元旦、/　黒い帆かけたお舟に乗って、/　西へ西へと逃げてく影を。」去年(�V108上142)

　「去年」はみすゞさんならではの着眼点をもったおもしろい詩です。元日の早朝、ご来光を拝もうと東の海を見ると、初日の出に追い立てられて、去年が黒い帆をかけて西へ西へと逃げていくというのです。写真は王子山から見た仙崎湾の人工島と貨物船ですが、現在の弁天島(左下付近）は人工島の一部と化しています。

　弁天島には海路安全と漁業振興の厳島神社があり、信仰の篤い仙崎の人達は新年を迎え手を合わせていました。彼女はそんな海上に去年の影が去っていくのを見ていたのかもしれません。そして仙崎の初詣といえば祇園さまです。金子家でも晴れ着に着替え、一家揃って詣でたことと思います。こちらへは新も旧の正月もお詣りしました。
ついで話ですが昔は夏の祇園祭のあと、十七夜といって厳島神社のお祭りがありました。町のオヤブン(親方）が祇園祭に出た踊り子や囃子の人達、警固などに出た人を労って御馳走したといいます。弁天島は仙崎の暮らしの中に溶け込んでいました。

　　　　　　　かるたとり風景（「ふるさと長門」より）  

　詩はかるた遊びをする金子家のお正月風景です。夜になってやっと家族がそろいました。ここで使わせて頂いた写真では、子ども達だけで遊んでいますが、金子家では亡くなった父・庄之助さん以外、家族全員でかるた遊びをしたことでしょう。子どもは兄妹三人ですが末の弟はまだ幼く、わけもわからず場を賑わせていたかもしれません。

　そういうみすゞさんとてまだ字は読めなかったと思いますので，描いてある絵だけがたよりです。おそらく読み手は眼鏡をかけてお炬燵に入ったお祖母様で、お母さんは札のある場所を子どもに教える係だったことでしょうか。ときおりパラパラと硝子に霰があたるお正月の夜です。この写真ではお正月らしく、畳の上に「花ござ」を敷いているようです。花ござを敷くのは華やかさだけでなく、畳が傷むのを保護する役目もあります。

「年のはじめに/　夢賣りは、/　よい初夢を/　賣りにくる。//　たからの船に/　山のやう、/　よい初夢を/　積んでくる。// そしてやさしい/　夢賣りは、/ 夢の買へない/　うら町の、/　さびしい子等の/　ところへも、/　だまつて夢を/　おいてゆく。」夢賣り(�T116下36)

　諸説あるようですが、正月二日の夜に見る夢が一般的な初夢です。みすゞさんによれば初夢は「夢賣り」が、宝船をいっぱいにして売りにくるようです。実際 江戸時代には良い夢をみるため、元日から二日にかけて、七福神を乗せた宝船の絵を「お宝〜、お宝〜」といって、売り歩く商売があったといいます。ですからそういう人たちのことを「夢売り」と書いてみたのでしょう。

　昔はこうした絵を枕の下にして寝ると、良い初夢を見ると言われていました。雑誌の正月号にもそんな初夢にぴったりの絵が載っていました。ということでお金持ちの子は夢売りから、宝をいっぱい積んだ宝船の夢を買ってもらえます。でも貧しい子の家にも やさしい「夢賣り」がやって来て、だまって夢を置いてゆくと言うやさしさあふれる詩です。貧しくても夢は、誰にでも平等に見ることができるのです。

金子文英堂の一階座敷  

「こんこん/　こん粉雪/　あんまり白い、//　こんこ松に/　たまつて、/　みどりに染まれ。」粉雪(�T159下98)

「おもての雪が見えるので、/　ひらひらお花のやうなので、/　明り障子の繪硝子を、/　お炬燵（こた）にあたつて見てゐたら、// うらの木小屋へ木をとりに、/　雪ふるなかを歩いてく、/ お祖母さまのうしろかげ、/　ちらちら映つて、消えました。」硝子のなか(�V110上144)

　どちらの詩も、家の裏庭あたりの情景のようです。初めの詩は粉雪があまりにも白いので、いっそ松の緑に染まってしまったらというのは面白い発想です。次の詩は障子の中のガラス繪を通して、お花のように舞う雪を見ていたら、その景色の中に木小屋に向かう、お祖母さまの影がちらちら映ったということで、幻想と現実が交差した硝子絵の世界です。

 焚き木を取りにゆくのは夕食かお風呂の準備でしょうか。お祖母さまも家族のため出来ることをしていたのですね。木小屋はお風呂や、かまど用に使う焚き木や炭の保管場所で、焚き木は青海島の山から切り出されて売られていました。青海島の人達が焚き木をかるうて（担いで）渡船で渡って来ると、瀬戸の渡しの浜ではその場で市がたちました。渡し場近くの家の人は島の人に、焚き木を担いだまま家の前まで来てもらったそうです。また島からは四季おりおりに咲いた花もやってきました。お正月なら水仙でした。

　とくに青海島大日比の「どんど焼き」は8〜9Mもの高さがあり、地上から火が一気に天に向かって燃え上がる様は感動的で、倒れた方向が海か山かによって今年が豊漁か豊穣かが占われます。大日比の「どんど焼き」は早朝八時から始まり、今も近隣の町からの見物客が絶えませんが、みすゞさんも大日比の親戚に招ばれ泊まり込みで見たことでしょうか。

遍照寺本堂（2005.1.15）　　と　　浄岸寺の本堂上り口 

　さて、いよいよここからが報恩講の話です。「報恩講」とは浄土真宗の開祖・親鸞聖人（1173 - 1262）の命日1月16日（新暦）の前後七日間に、祖の偉業に「報恩謝徳」する法要のことです。現在仙崎の遍照寺さん（本願寺派）では15、16日の日中に行っていますが、みすゞさんの頃は七日間あったといいます。
とくにお逮夜の十五日は、お番（お晩）といって夜通し本堂で親鸞聖人を偲んだそうです。中谷さんの記憶にある昭和初期の仙崎では「報恩講」は「御正忌（ごしょうき）」または「御講（おこう）」と呼びました。この報恩講の時期になると海が荒れることが多く、漁師町仙崎では「御講時化（おこうじけ）」という言葉もあります。時化の良し悪しは別にして、それほど報恩講の時期が生活と密接に関わっていたことがうかがえます。

　大林山遍照寺（へんじょうじ）は昭和37(1962)年の秋、庫裡からの火災で焼失したと言われ、その後何年かかけて浄財を募って現在は鉄筋コンクリート建てとなりましたが、大きさや位置は以前のままに建造されました。　報恩講の当日は写真のようにお堂の入口に紋幕（もんまく）が掛かり、堂内からの灯りがあたたかく漏れ、その光が御拝口から石畳の参道まで照らし足元を明るくしていたといいます。

　また右写真は浄岸寺の本堂上り口ですが、往時は参拝者も多く本堂に入りきらないため、応急的にこの縁先を一間（1.8m)ほど手前に延長した、「掛出し」と呼ばれる「にわかの縁」が組まれました。（昔は階段の手すり部が無かった為延長しやすかったそうです）特に鯨法会の時などは、仙崎以外から來る漁師や真宗門徒も多く掛出しは必須だったそうです。そしてかっては境内に焼きまんじゅうや、タイ焼き、肉桂等の露店も出てそんな楽しみもありました。その掛出しや露店も戦後は見られなくなりました。

　少し余談になりますが、遍照寺の庫裡の前の庭には昔からの銀杏の木が立っています。みすゞの詩「大きな文字」に出てくる銀杏の木のモデルはこちらだといいます。見上げれば確かにまっすぐ天に伸びた幹は、きれいな筆の形をしています。

　真宗の寺には銀杏がよく植えられています。浄岸寺や西覚寺にも銀杏のモデルがありましたが、今は伐られてなくなってしまいました。実はこの遍照寺の銀杏も先代の頃の駐車場拡張時に、伐られそうになったことがありましたが、門徒の方の強い嘆願により残って今も寺を見守っています。(左写真）

「お寺のいてふ（いちょう）の/ 大筆で/ 誰か、大文字/ かかないか。// 東のお空/ いつぱいに、/ 「コドモノクニ」と/ かかないか。//　いまに出て来る/ お月さん、/ びつくり、しやつくり/ させないか。」（�T-120下40）（大きな文字）

　余談ついでになりますが、みすゞのお墓近くに昭和37年の火事で焼けた「さるすべり」の痕跡が残っており詩の中にも木の様子が出ています。中谷さんも日曜学校に来ていた時に、この木に登ったことがあったそうです。この詩には他にも、まあるいおぢいさまの墓が新しく変わった事とかが書かれていますが、どの墓のことかは私には謎です。

「小さなお墓、/ まあるいお墓、/ おぢいさまのお墓。/ 百日紅（さるすべり）の花が、/ かんざしになつてた。去年のことよ。// けふ來て見れば、/ 新しいお墓、/　しろじろと立つてる。// せんのお墓、/ どこへ行つた、/ 石屋にやつた。」小さなお墓（�V-219下126）

遍照寺堂内（2005.1.15）　と　その後出来た「天女の障壁画」（2011.5.4） 

　編照寺の十一間四面の広い堂内に入りますと、最近の事ですから椅子が用意されていました。暖房には丸火鉢も置かれていましたが主力は石油ストーブです。かつて火鉢は何人もあたれるような幅広の長火鉢が、堂内の左右に置かれていて講が終わると火鉢を囲んで昆布などを焼いたそうです。（20.項参照）

　最初の取材時にはありませんでしたが、平成20(2008)年4月、内陣を挟む左右の壁に「天女の障壁画」が完成し、堂内はいっそう華やかになりました。（右写真）その障壁画のある所には焼失以前は木彫りの欄間があって、天女が裳衣をひるがえした図柄が彫られていました。

「ひとり日暮の草山で、/ 夕やけ雲をみてゐれば、/　いつか参つた寺のなか、/ 暗い欄間の彩雲（あやぐも）に、/　笛を吹いてた天人の、/ やさしい眉をおもひ出す。//　きつと、私の母さんも/ あんなきれいな雲のうへ、/　うすい衣（べべ）着て舞ひながら、/　いま、笛吹いてゐるのだろ。//　夕やけ雲をみてゐれば、/　なんだか笛の音がする、/ かすかに遠い音がする」天人（�T-124下48）

　また今は違いますが当時は格天井で、一マスごとに花で極楽の様子をあしらった天井画があったそうです。（19.項参照） 報恩講はこんな堂内で行われ、とくに夜は皆が集まりくつろぐ時間がとても楽しみだったそうです。

　堂内に入ると右手に「恩徳賛（おんどくさん）」が掲げられていました。親鸞聖人の、如来の恩徳に報いる姿勢を説いた教えです。門徒の方たちもそぞろ集まられ、倉本住職が朗ずる「正信偈（しょうしんげ）」に門徒が唱和する形で報恩講がはじまりました。
「正信偈」も親鸞聖人が浄土真宗の要義をまとめたもので、それに韻をつけた一行七文字ずつの偈文が、抑揚をつけ読まれていきます。

　続いて「念仏和賛（ねんぶつわさん）」。堂内に響くのはこれに唱和する声のみで、静かな時間が流れていきます。声を出すという行為は体を温かくしますので、寒い冬のさなかでもだんだん体が温まっていったことでしょう。御仏様のいる内陣では、赤い百匁蝋燭が温かい光を放って燃えています。昔は十本もの蝋燭が荘厳な光で内陣を照らしていました。

「「お番」の晩は雪のころ、/ 雪はなくても暗（やみ）のころ。//　くらい夜みちをお寺へつけば、/ とても大きな蝋燭と、/　とても大きなお火鉢で、/ 明るい、明るい、あたたかい。//　大人はしつとりお話で、/ 子どもは騒いぢや叱られる。//　だけど、明るくにぎやかで、/　友だちやみんなよつてゐて、/　なにかしないぢやゐられない。//　更（ふ）けてお家へかへつても、/ なにかうれしい、ねられない。//　「お番」の晩は夜なかでも、/　からころ足駄（あしだ）の音がする。」報恩講（�U-181下56）

法話の様子　　　　　　と　　　　　女の子  

　倉本住職の法話が始まりました。苦しみから救われるには現実をよく見て、正しい方法で解決してゆくことが大事と、仏教の教えを説いていきます。（四諦と八正道）
現在は火事で焼失してしまいましたが、以前の報恩講では「親鸞聖人伝絵(絵伝）」を使い、聖人が苦行の末に悟りを開き 布教活動を行った物語が説かれたようです。

　中谷さんも子ども時代には伝絵の長い話に、心のうちは「早く済めばええのに・・」と、少し退屈ぎみだったそうです。ということでそんな子どもさんのイメージを、ご住職の娘さんに代理してもらおうと撮らせていただきました。（右写真）しかしながら、このモデルさんは静かにお数珠で遊んでいました。

　午前で法要が終わり、ちょうどお昼になりました。お昼には参列した人に、お斎（とき）が出されます。庫裡では裏方の仏教婦人会の方が、朝から炊き出しをされて料理を準備されていました。
参列者が座につくと、すみやかにお菜や汁物が配膳されていきます。世話係の方達は取り鉢が足りているとか、飲み物が回っているとかこまめに立ち働かれています。

　お斎はもちろん精進料理ですから野菜ものが中心です。それでもジャガイモやニンジン、玉ねぎの煮物だったり、青菜と豆腐と油揚げの味噌汁、それに小豆に白玉の入ったいとこ煮まで、たくさんの品数が用意されていました。いとこ煮と同様、山口の郷土料理「けんちょう」（千切大根・人参・油げ・豆腐の炒めたもの/写真左端）、茹でた白菜に豆腐と、胡麻と白味噌を摺り混ぜて作る「白和え」（しらあえ/写真右手）、カブと昆布の酢の物(写真中）、ごまあえのひじき煮、大根を輪切りにして油揚げと一緒に煮込んだ「ほたに」等も作られました。ただお寺ごとに出るメニューの種類は大体決まっていたそうです。珍しいところでは通の真光寺では納豆汁が出たといいます。
　昔の報恩講もこのように門徒同士が集まり、食材をそろえ煮炊きの用意など役割分担をする、素朴で真心こもった法要だったことでしょう。

浄岸寺本堂　　　　　　と　　　　　　銀杏の木  

　遍照寺の取材後お寺さんのはしごみたいですが、さらに報恩講の面影を求め、お隣の浄岸寺さんにも取材をさせていただきました。海音山浄岸寺は平成6（1994）年に全体の改築が済み、本堂にも新しい甍が拭かれていました。
実はこの寺にも、みすゞの詩「大きな文字」に出てくる銀杏の木のモデルがありましたが、古くなった山門の改築工事にともない昭和61（1994）年に伐採されました。（右写真）両手で丸抱えしても、全くあり余るほどの幹の太さだったそうです。（写真左手の木はイブキの木とのこと）

　ところでここ浄岸寺では平成8年より、「るんびに学校」を再開（先代の頃は日曜学校があった）され、子ども向けに仏様の教えを学ぶ集りを実施されています。「ルンビニ」というのは、お釈迦様の生まれたネパールの村の名前のことです。そしてるんびに学校では花まつりや親鸞聖人生誕日等の、年6回ある定例の集まりの中に昼夜で行う報恩講があるわけです。もちろん子ども向けですので大人はいませんが、詩に描かれている「夜の報恩講」の雰囲気を味わうことが出来ます。

　また浄岸寺では天井との間の欄間（中央写真参照）には、菊の華が彫られ金粉が施されていますが、前述した様にかつての遍照寺の堂内の左右の欄間には、天女が舞う姿が彫られていたといいます。
ところでこれまでの話にもあったように、仙崎には浄土真宗のお寺が三つあります。そしてかつての報恩講の時には、旦那寺に参るだけではなく、他の寺にも参ってから旦那寺に腰を落ち着けたとのことで、今でもそうされる方がおられます。教えて頂いたお陰でこうしてすこしずつ、みすゞさんの時代の報恩講の面影に近づくことができます。

長火鉢　　　　　　　と　　　　　　「親鸞聖人伝絵」　　  

　そして詩にも書かれている「とても大きなお火鉢」を見せていただきました。大人だったら5、6人が周りに座れそうです。この長火鉢は浄岸寺住職の親戚の方が、元々あった粘土の長火鉢（四尺巾二尺位＝約121ｾﾝﾁ×60ｾﾝﾁ）を参考に、木の外枠とステンレス製の内貼りにして新たに作られました。（左写真）

　昔あった土の火鉢はとても重く、大人が三人がかりで運んだそうですが、今では二人で移動出来るようになったそうです。この長火鉢は暖をとったり昆布などを焼いたり、お茶を飲みながらお話したりと、講が終わったあとの座の中心でした。「大人はしつとりお話で」とあるように、ふだんの町なかではあわただしく立ち話しか出来ない事が、報恩講の夜はそれこそ「しっとり」いろんな話が出来るので、みんな「お番の夜」が楽しみだったといいます。実際に長火鉢が使われている様子は、後述する「夜の部」で紹介しましょう。

　次いで中写真が「親鸞聖人伝絵（でんね）」（御絵伝）で、いつもは一幅ずつ仕舞われていますが、報恩講の時期には親鸞様のある仏壇の右脇に掲げられ、最下段（一段）から最上段にむかって話が進んでいきます。（この時絵の説明をするのに、冊子状の御文書を読みあげていきます。）右端の写真は伝絵の最初の方の部分で、聖人が九歳の時「得度剃髪」したところを部分拡大したものですが、段によっては何人もの聖人が時間進行に従い同じ絵の中に次々に登場しますので、理解するのになかなか集中力がいるように思いまが、現在の浄岸寺のるんびに学校では15日の昼にこれを行います。
こうして全巻（四幅）を通して親鸞聖人の生涯が綴られています。また写真には載せていませんが、伝絵には聖徳太子も登場しますので、太子像も別幅で掲げられています。こんな形で昔は絵の前に座ってお語を聞いたことでしょう。

　浄岸寺には太鼓と高座が残っていました。鯨法会（鯨法座）などでは法座の始まる前に太鼓が叩かれ、金鐘（かんしょ）はその30分前に鳴らすそうです。「鯨法會」にもその様子が書かれています。

「鯨法會は春のくれ、/ 海に飛魚採れるころ。// 濱のお寺で鳴る鐘が、/ ゆれて水面（みのも）をわたるとき、// 村の漁夫（れふし）が羽織着て、/ 濱のお寺へいそぐとき、/ ・・」鯨法會（�V-221下128）

　このときの羽織は鯨法会でも報恩講でも、昔はお寺に参る時の正装でした。そして右写真は高座です。最近の法話は立ってされますので、あまり使われることがなくなりましたが、門徒の座る前方に置かれ、高座には踏み台を使って上がられました。なかなか背丈があるので周囲四方もよく見え、声もよく届いたことと思います。

報恩講の夜（浄岸寺）  

　このあと7年後の平成24（2012）年1月15日、やっと夜の報恩講の取材で浄岸寺を訪れることができました。夜の7時に訪れますと、紋幕を通して本堂より暖かな光がもれていました。るんびに学校、今日は子どもさん向け夜の報恩講の始まりです。

みすゞ詩の中では「からころ足駄の音がする」のですが、現代ですからズックといいますか、「ザッ、ザッ」とスニーカーのすれる音になりましょうか。主体が子ども向けなので、大人は幼児の付き添いの父兄、お寺の世話係りの人、ご住職といった構成ですが、それでも詩にある夜の「報恩講」の世界が味わえそうです。ご仏壇のある内陣は、みかんやお菓子などですっかり飾られています。

　浄岸寺でも座り椅子で暖房は石油ストーブが置かれています。もちろん肝心の長火鉢にも炭火が入って、坊守さんが時おり火加減を確かめられています。早く来た子たちは椅子に座り、しだいに集まって来る友達をおとなしく待っています。かつてはみすゞさんもお祖母様やお母さんに連れられて、「掛け出し」をわくわくしながら上って、お堂の中に友達がいないか探したことでしょうか。

　皆が席に着くと赤い表紙の「真宗勤行集」が配られました。この中にある「ことばや歌」を進行表に沿って唱和していきます。その進行表を読み上げてくれるのは、子どもの頃から世話係をやってくれている近所の高校生です。この日は幼稚園から中一までの十人ほどが集まりました。
　最初に松浦住職のお念仏「南無阿弥陀仏（ナモアミダブ）」につづき、皆合掌してお念仏を唱えます。

　続いてはおつとめ（らいはいのうた）です。これは元の原文では十二礼（じゅうにらい）という阿弥陀様を礼賛する七言一句ですが、意訳されたものを唱和します。これが唱賛段に入ると音符がつき、恩徳賛もそのように歌われます。恩徳賛に曲譜が付いたのは早いもので大正7年だそうですが、みすゞさんの頃にはまだ無かったようです。

「ちかい」のことば　　　　　　と　　　　　　「報恩講」の詩  

　進行案内がめくられて「ちかい」のことばになりました。（左写真）世話係の子の「一つ、仏の子は」の声に続き、全員で「すなおに み教えをききます」と唱和します。以降、「仏の子は」・・「約束をまもり」・・「やさしい心を忘れない」と読まれていきます。このあたりが、子ども向けの「るんびに学校」らしいところでしょうか。

　その後の「うた」（仏のこども）の次に、一枚の紙きれが配られました。みすゞ詩の「報恩講」にイラストが添えられたもので（右写真）、大きな明るい蝋燭や、火鉢の周りでお話する大人たち、騒いで叱られる子どもたち、家に帰ってもうれしくて寝られない等、そんなお番の夜の楽しい様子が描かれています。

　ご住職が「この詩は今日の晩のことをうたっています」、と言い朗読を始めると皆も続いて声を合わせていきます。

　そして詩の朗読が終わり法話が始まりました。住職は昨年（2011）起った東日本の大震災のことをとりあげ、当時テレビCMの代わりに流れた金子みすゞの「こだまでしょうか」の話をされました。

「「遊（あす）ぼう」っていうと/ 「遊ぼう」っていう。/ 「馬鹿」っていうと/ 「馬鹿」っていう。//　「もう遊ばない」っていうと/ 「遊ばない」っていう。// そうして、あとで/ さみしくなって、// 「ごめんね」っていうと/ 「ごめんね」っていう。// こだまでしょうか、/ いいえ、誰でも。」こだまでしょうか（�V-237下148）

　「この詩は私達のことを言ってますね」、と住職は話を切り出します。（以下要約します）昔から自業自得と言って、悪いことをすると自分にも悪い報いが返ってきます。私達は優しい心を持たなければなりません。みすゞさんの詩は優しく温かいですね。どうしてでしょうね。私はね、仏様の話を聞いちょるからだと思います。「星とたんぽぽ」という詩がありますね。ここには見えぬものでもあるんだよという言葉が出てきます。空気は見えませんが大事なものですね。私達は目に見えないけれどいろんな生命を頂いて生きています。

　こういう見えないものを大切に思う心が、仏様の言われるお陰様とか有難うという言葉です。仏様は見えませんが知恵と慈悲の心で私たちを見守ってくれています。それを教えてくれたのが親鸞聖人で、今日はその方のご命日である「報恩講」です。
と、みすゞの詩を参照しながら法話が終わりました。地元だけあって学校でも習っているので、どの子もみすゞさんのことはよく知っています。みすゞさんにしても同じ仙崎の子たちの前で、こんな報恩講が営まれていることなど、全く想像もしていなかったことでしょう。

「青いお空の底ふかく、/ 海の小石のそのように、/ 夜がくるまで沈んでる。/ 晝のお星は眼にみえぬ。// 　　見えぬけれどもあるんだよ、/ 　　見えぬものでもあるんだよ。/ ・・」星とたんぽぽ（�U-108上164） 

お焼香と仏飯  

　法話が終って本尊の阿弥陀如来様へお焼香です。初めての子もいるので、最初に住職がやり方を説明されます。浄土真宗(本願寺派）の焼香は香を一度だけ、おしいだかずに香炉に入れ合掌礼拝します。
　つづき親鸞様の仏壇の前に置かれた、お鉢様（仏様に供えた仏飯）のところへ行き、世話係の人が箸で取り分けてくれた仏飯を両手で受けていただきます。この仏飯は「いのち」を表し、いのちの恵みに感謝していただくわけです。(写真参照）

　さて席に戻るとき、子どもたちには海老せんべいなどのお菓子が配られます。昔もお菓子は配られましたが、もっと素朴な菓子でした。また現代で配られるお菓子は一人一袋でおみやげ用みたいです。というのはすでに本堂の両脇に置かれた長火鉢から、香ばしい香りがしているからです。

　子どもたちは めいめい、気の合った友達と火鉢の周りを囲みます。銀紙に包まれ焼かれているのはさつまいも、みかんの傍で焼かれている白いものは、なんとマシュマロで取る時は串に刺していただきます。このマシュマロを焼くというのは、今の子の新しい感性です。

 長火鉢のへりは巾があって平たいので、物が置けてとても便利です。甘酒（昔はぜんざいの時も）の傍に置かれた白い容器には昆布が切って入っています。これをただ焼くだけのものですが、とても香ばしく噛むと昆布の味がにじみ出て現代の子にも人気です。昔から仙崎の報恩講では昆布焼きとみかん焼きは定番で、報恩講には各家々が持ち寄ったといいます。またこの日、焼き昆布を食べると1年中風邪をひかないともいわれています。また昔の報恩講では、10時頃になると小豆粥かぜんざいが出たそうです。

　ということで昔のお番の夜は、大人も子どももそぞろに集まって、お講のあとにはいつもこんな風景が見られたそうです。仙崎で浄土真宗の寺は三つありますが、現在 夜の報恩講をおつとめされているのは浄岸寺だけとのことで、学校でも塾でも味わえない昔ながらの体験が、こうして続けられているのはとても貴重に思いました。

トランプ遊び 　

　今回のるんびに学校では次の日に学校もあるので、詩にあるような「子どもは騒いぢや叱られる。」というような時間まではされていませんが、中谷さんが子どもだった昭和初期の時代の遍照寺では、「馬乗り遊び」や「ジャンケン遊び」をしてにぎやかにしていたそうです。それでもご院主（住職）様から叱られることはなかったと言います。

　20.でも少し書きましたが中谷さんの言葉を補足しますと、本来は大事な親鸞様のお逮夜でありながら、お番の理由もそっちのけで、大人は生き生きと話をしたり、子供も友だちと遊ぶのを楽しみにしていました。大人の間では昔から「（長い）話はお講の晩よ」と言われていて、愚痴や、自慢や、悩みやらを打ち明けて話す場でもありました。
そうして子どもたちは、このような報恩講を通じ親鸞聖人を知ることや、仏様への理解を深めていくきっかけになったといいます。

　中谷さんの話では、早々に「おねむ」になった子には、お寺が毛布を貸してくれたそうです。松浦住職の話では寺はお番の夜は12時頃まで賑わっていて、誰かが時計を見て「そろそろ帰らなきゃ」と言う言葉で皆が帰っていったといい、もっと以前は夜通しだったといいます。ですから先に帰った子どもが寝付いた後も、「お番」の晩は夜なかでも、/　からころ足駄（あしだ）の音がする。」というような町の風景だったわけです。今回は浄岸寺さんのおかげで、みすゞの時代の報恩講を仙崎で体験することができました。

　私の家は浄土真宗ではなかったので、報恩講のことは全く知りませんでした。でも4月のお釈迦様の誕生日には、友だちと一緒にお寺で甘茶を飲ませてもらった記憶がかすかに残っています。
みすゞさんの「報恩講」にはその晩の様子が、とても生き生きと描かれていて好きな詩です。ですからいつかこの話を書こうと思っていました。でも気づけば取材を始めてから、すでに10年が経っていました。

　昨年「人物・メモリアル」シリーズが一段落したのを機に、その間眠っていた写真や資料をパソコン上に集め始めました。そして少しずつ書き始めた時、いっそ仙崎の暮から正月まで含め、報恩講までつなげたらと思いつきました。「暮れから正月」も書きたい素材でしたが、単独だとかなり短編の話になりそうだったからです。

　しかし実際書き進めていくと、仙崎の冬（正月）の事など知らないことばかりでした。以前から中谷さんにお聞きしていたこと、「長門市史」、「聞き書山口の食事」、これまでの取材で撮りためた写真、そして日頃お世話になっている方の写真も使わせていただいて書き進めました。報恩講では二つの寺にお世話になり、一つは昼中の、もう一つは夜の報恩講を取材させていただきました。その二つの寺を行き来し、かつての報恩講の様子を聞かせてくださったのが中谷さんでした。その中谷さんを知るきっかけになった本があります。中川真昭著「金子みすゞ いのち見つめる旅」という本(右写真）で、この中にある中谷さんの記事も参考にさせていただきました。でもまだまだ仙崎にはここからこぼれ落ちている、冬のエピソードがいっぱいあると思います。

　そしてこの場を借り今回お世話になった方々に、改めて心から感謝を申し上げます。これを通してみすゞさんの住んでいた頃の、仙崎の冬が少しでも伝われば幸いです。