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Ｓ30青海島観光パンフレット（仙崎吉野旅館）
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金子庄之助 / 前田ミヨ
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 これからみすゞの町仙崎から瀨戸（瀬戸）を船で渡り、大日比峠を越えて、青海島の大日比地区までの旧道を行く旅を始めようと思います。まずこの「⑥.瀨戸の渡し」はその導入部となり、次項「⑦.大日比への道」に続いていきます。それぞれ地元の方のお話に耳を傾けつつ、昔の仙崎や大日比へ思いを馳せて見たいと思います。
みすゞさんの詩にふるさとの名所を詠んだ、「仙崎八景」という詩が出てきます。①花津浦（はなづら）②辨天島（べんてんじま）③王子山（王司山）④小松原⑤極楽寺⑥波の橋立⑦大泊港⑧祇園社の八つですが、そのうち半分が青海島にあります。また金子書店発行の絵葉書には、極楽寺の代わりに大日比の「西圓寺」が載っていたりします。このように当時仙崎は、青海島が海上アルプス観光として知名度を上げ、観光船基地への変貌時期にあり、古来名刹である西圓寺への参拝もそんな観光地に含まれていたのでした。（パンフレットは昭和30年5月現在）
 そんな仙崎に育ったみすゞにとっては、花津浦・辨天島・王子山などは日常みかける身近な風景でしたし、青海島も父方の親戚の暮らす、ふるさとの一部だった事でしょう。まず青海島の通（かよい）は、みすゞの父・金子庄之助（旧姓石津）*1（写真）の出身地で、石津家3代目・助四郎の4男（末子）として生まれました。石津家初代は石津屋八郎兵衛の弟で、幸吉といい、寛政時代（1789-1801）に分家しています。
また大日比には、庄之助の長姉、石津(前田)ミヨ*2が前田家に嫁いでおりました。細かく言いますとミヨは最初、通の早川家に嫁ぎ ましたが、夫が早世したため、早川家の跡取りとして、娘千代を残し25歳の時、大日比の前田源次郎に嫁いだのでした。こうして堅助・みすゞ（テル）兄妹は、青海島の親戚で祭などがあると、泊りがけで遊びに行っていました。ついでながら千代は、16歳で早川家を出て藤井弥三郎と結婚し、下関等で商売をしましたが、後に前田ミヨも含め通の親戚が手伝っています。千代の出た早川家へは、石津家から順二が養子に入り、自分に子供の出来なかった千代は、順二の子郁代（藤井さんの母）を養女にしています。
*注1) 金子（旧姓石津）庄之助（明治7＝1874年11月27日～明治39＝1906年2月10日）清国営口にて病死31歳没
*注2) 前田（旧姓石津）ミヨ（文久2＝1862年5月15日～昭和20＝1945年3月6日）82歳没
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遍照寺・金子家の墓
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中谷貞女さん（2012.1）
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 この先仙崎から順に大日比まで、みすゞ詩と共に昔の情景を追って行きますが、その折々にお聞きした貴重な話も交えて進めたいと思います。仙崎でのそんな道先案内人は、俳句の宗匠でもある中谷貞女さん*1（故人/
写真）です。
中谷さんは関東大震災のあった大正12年の11月に、仙崎の漁家に生まれました。中谷さんは仙崎の生き語りで、戦後の引き揚げの様子等、地元のケーブルテレビ等でもよく取りあげられています。
中谷さんの母ヨシ子さん*2は金子みすゞと同じ年の生まれで、瀨戸崎尋常小学校では同級生でしたが、みすゞが有名になったのはずっと後のことで、その事を話したことはないそうです。ただ、まだ今の記念館も無かった頃、一緒に郵便局の前を通った時、この向いは「金子書林屋」だったと言われたそうです。決して金子文英堂ではなかったと。
 私が中谷さんを知ったのは「金子みすゞ
いのち見つめる旅」という本で、当時遍照寺（へんじょうじ）の仏教婦人会長をされておられ、その後寺の報恩講の取材をさせて頂いたり、みすゞ墓（写真）の案内もして頂きました。その墓の案内時にはっきり記憶に残っているのが、寺が全焼*3した時に焼け残った、百日紅（さるすべり）の木の根っこの事でした。それまで手紙でも色々細かい質問をしていた私に、中谷さんは墓の生垣の根元に、百日紅の根っこが残っており、かつては枝が墓の方に掛かっていたと、身振り手振りを交えて話してくれました。
「小さなお墓、/まあるいお墓、/おぢいさまのお墓。/百日紅の花が、/かんざしになつてた。/去年のことよ。//けふ来て見れば、/新しいお墓、/しろじろと立つてる。//せんのお墓、/どこへ行つた、/・・」（小さなお墓）（Ⅲ-219/下126）
その金子家累代の墓には、昭和2年9月と建立日が書かれていました。その年9月、祖母ウメさんの墓を建てる話で、みすゞは下関から帰仙しています。今ある新しい墓は、「おぢいさまの墓」に代わって建てられたのでしょうか。百日紅は火災前の様子を知る、中谷さんならではの貴重なお話でした。
*注1)
中谷貞女（なかやさだめ）（大正12＝1923年11月6日～平成29＝2017年3月7日）93歳没
*注2) 中谷ヨシ子（明治36＝1903年11月9日～昭和43＝1968年6月29日）64歳没
*注3) 昭和37(1962)年の秋、失火のため全焼した。
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青海島観光船ガイド（仙崎女子青年学校･夏休み）/
毛布献納（八坂神社）
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  仙崎で青海島の観光船事業を始めたのは、橋長旅館の橋本勇一翁*1でした。長門市史によれば勇一翁は大正4(1915)年から、手こぎ船で島を一周する観光船事業を始め、大正11(1922)年には屋形船に発動機をつけ、各界の著名人を招いたとあります。
ところで郷土誌「郷土文化ながと」23号には、中谷さんの記事「青海島観光船ガイドの先駆け」という記事、他に25号にも中谷さんの記事があり、以下それを参考に書かせて頂きます。
観光船事業は昭和に入ると繁栄期を迎え、昭和3（1928）年4月、青海島遊覧船組合が設立されました。（初代組合長・橋本勇一）そして昭和13（1938）年3月、2代目組合長に横山繁雄*2仙崎商工会会長が兼務し、名称も「青海島観光船組合」となります。
翌昭和14年4月は、中谷さんが仙崎女子青年学校に入学した年で、その夏休みのこと観光船組合は学校から生徒6人を選抜し、マリンガール（観光船ガイド）の奉仕隊を育成しました。（先写真後列、横山組合長・その右中谷さん）
横山組合長の指導のもと、実際に船で島を巡り、その場その場でする説明や歌を3、4日間の実地講習で覚え、その後は土日返上で橋長旅館の桟橋から、船毎に一人乗ってエンジン音に負けじと、セーラー服に濃紺のスカート姿で、2時間（時には日に2回）のガイドをするのでした。
毎日帽子なしの炎天下ですから、母から「貞（さー）ちゃん、お前の顔は、どっちが前だか後ろかわからんのー」と言われたそうで、お国のためのご奉仕ですからお洒落など考えませんでした。
夏休みが終わると橋長旅館で慰労会があり、大御馳走が出たそうですが、働いた労賃は満蒙国境で警備する、兵隊さんへの毛布の献納に使われました。（写真・献納時）中谷さんは翌年の夏もガイドをつづけました。
*注1) 橋本勇一(明治21=1888年3月15日-昭和36=1961年7月28日)73歳没
*注2) 横山繁雄（明治36=1903年-昭和52=1977年)元仙崎町長、悦水の号で俳句・不流月吟社を創立、74歳没
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青海島案内パンフレット-1
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  「郷土文化ながと」23には、横山繁雄著「青海島案内」（昭和15年8月再版・写真）が付随して載っています。乗客の求めに応じ、中谷さんたちの実際のガイド口調を生かし、要所要点を纏めた案内書の様です。実際目を通すと、出発時の挨拶から始まって帰着まで、各名所の要点が簡潔に綴られています。これを持ち帰れば、家でも船上の情景が浮かぶことでしょう。昭和15年時の内容ですから、航路や名所が現代とかなり変わっていますが、逆にそこが昔の様子を伝えています。中谷さんに聞いた話も交え、気になるところを見て行こうと思います。
「水族館」は掲載図ではかなり見にくいと思いますが、橋長桟橋を出ると防波堤に繋がれた弁天島脇を通過しますが、その先に何かプールの様な囲い（中谷さんの話では、周囲は石垣）がありました。そこが「水族館」だった様で、そこには魚の泳ぐ絵が描かれています。これがみすゞの時代にもあったか不明ですが、あったなら「海のお宮」（Ⅰ-20/上36）の創作のヒントになったかもしれません。（観光船には「浦島丸」という名前もありました）
「瀨戸」本州と青海島の一番近い海峡。（潮の流れが速く、中谷さんは大人達からあそこで泳ぐなと言われたそうです）
「八王子山公園」（現・王子山）ここは櫻の名所で、仙崎の景観が油絵のようだとあります。（青年団が開墾し、大正期桜を植えた様で、中谷さんの高等小学校時代には，桜が植わっていたといいます）
「王子山」瀬戸の渡しの対岸にある本来の王子山で、赤櫻の名所だったとあります。（中谷さんは植え直したのではないかと言われ、わかめむすびを持って花見に行ったそうです。渡船は1銭だったとのことで、島へ遊びに行くことを「沖浦へなぐさみに行く」と言いました）
「高山」昔火を噴いた山で、日清日露戦で陸軍の望櫻が設けられたとあります。（瀬戸崎小では毎年5月7日の海軍記念日に、4年生から6年生が日の丸弁当、時にはわかめむすびを持って登山したそうで、道端の野苺も食べたそうです）
「一本松」青海島の北海岸に出るあたりの岩の上に立つ漁師の目印になった松。みすゞ詩の「赤いお舟」（Ⅰ-143/下78）に一本松が出て来ますが、関連は不明。（中谷さんによれば舟からしか見えないとのこと）
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青海島案内パンフレット-2（大日比） /
中谷碑（左）と 思月碑
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  途中を端折って、帰途の大日比の紫津浦湾に移ります。
「大日比」現在の観光船は大日比に立ち寄りませんが、当時は「西円寺」「法船庵」「夏蜜柑原樹」を訪れるコースがありました。（西円寺の下に桟橋があったそうです）
「西円寺」法岸、法州、法道「大日比三師」の説明、毛利公寄贈の山門。
「法舩庵」法岸上人隠居入滅後、尼庵となる。尼僧の入庵のいきさつ、勤業の一生、男僧男子出入りの禁制。（観光では庭まではいれて、そこから仏壇を拝みましたが、これは横山さんのお力だったそうです。庭には蓮の花と、沙羅（夏椿）の木がありました）
「夏蜜柑原樹」安永初年、海岸に漂着した蜜柑が育った原樹史蹟及天然記念物、酸をしぼり食用に使い、西円寺の参拝客に拡まり、世に知られるようになったとあります。
「歌」巻末には「鯨歌」「仙崎小唄（野口雨情）」「青海島宣傳の歌」（「国境警備の歌の替え歌・横山悦水作）が載っています。
中谷さんは小さいときから、横山氏にかわいがられたといいますが、その後も請われてみなとやさんの場所（郵便局前）にあった、仙崎商業組合（横山理事長）の事務員となりました。全く知らなかった伝票業務につき、算盤片手に必死で簿記を覚えたそうです。
横山氏からは俳句も教わり、昭和44年「紫津浦句会」を創立、芭蕉直系の獅子門に入会し、白潟思月*1の「睡花庵」の文台（平成9＝1997年）となり、睡花庵3世となりました。そして平成27（2015）年9月、中谷さんの句碑が師匠思月の句碑の隣に建碑（写真）されました。
「山桜 指呼（しこ）のふるさと
潮に映（は）ゆ」貞女
この句はまさに王子山から仙崎を眺めた、みすゞの、「王子山」（王子山から町見れば・・）（Ⅲ-181/下78）の視点の句で、子供達が「ほら、あそこが私の家、あそこが○○ちゃんの家」と指さし、「おーい」と眼下の町の子に、呼びかける情景までが浮かんできます。中谷さんもみすゞ詩が大好きでした。
*注1) 白潟思月（本名・横山修一、86歳没）、横山悦水（繁雄）の実弟。昭和6＝1931年4月発行「日本新名勝俳句」（青海島）の項に、尼の句があり、白潟（当時横山）思月の「春風や尼を載せたる渡し船」は、句碑となって王子山公園に建っている。建立は紫津浦句会。
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王子山渡船場（現在） と 絵葉書「王司山」
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  「ふつたり、やんだり、小ぬか雨、/行つたり、来たり、わたし舟。//瀨戸で出會つた、潮同志、/「あなたは向うへゆきますか」/「わたしはこつち、さやうなら」/なかはくるくる、渦を巻く。//行つたり、来たり、渡し舟、/ふつたり、止んだり、小ぬか雨。（瀨戸の雨）（Ⅰ-43/上66）」
みすゞ兄妹が二人だけで、渡し船に乗って伯母前田ミヨのいる、青海島の大日比まで行くようになったのは、おそらく大正元年（兄が尋常3、4年生）頃だったのではないか、と勝手に想像しています。
潮の流れの危険な瀨戸さえ超せば、後は一本道の平和な島の道なので、兄が連れそっての二人連れなら、書店をやっていた母親ミチも、安心して送り出せたかと思います。
船は島の人達の重要な交通手段で、島で取れた野菜や花、薪などが積まれ、帰りには生活物資が積まれました。たまには西円寺へ行く参拝者も乗ったかと思われます。また先述した白潟思月の句のように、尼さん*1も乗ったことです。写真（右）は以前購入した仙崎八景の絵葉書で、先写真と同じ場所です。前方の山（王司山）の麓が王子山の渡し場で距離が百ｍ余あります。
*注1) 大日比の本庵である、法船庵に行く尼僧のこと。本寺の西円寺では年に何度も仏事があり、県内に数ヶ所あった法船庵の分庵から、その度に尼僧が島に渡った。
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海岸埋立て前の青海島小学校（同校写真）
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 瀨戸の航路はこの「仙崎-王子山」と、「仙崎-向島小学校前」との二つがありました。後者はみすゞが大津高女一年（T05=1916年5月）*1の遠足で、島の西部の高山に登った時に乗っていますが、この時は一、二年生（総勢80余名）が、四隻に分乗して軍歌を歌いながら、お互いの船が競争したといいます。単純割りすれば、一隻20名の定員*2となります。
高山といえば中谷さんも登った海軍記念日の登山の様に、地元ではおなじみの山でした。日露戦頃から望楼（監視所）があり、かの日本海海戦（明治38年）を偲ぶことが出来ます。
以前、青海島小学校が閉校（平成18＝2006年3月）すると聞き、地元の藤田さんのお世話で見学させて頂いた事がありました。写真はその時校内に展示されていたもので、向かって奥が王子山で、グランドの手前に校舎が並んでいます。
おそらくみすゞの時代の向島小学校は、これほど広い校舎や校庭でなかったかと想像しますが、海岸は埋立てされてなく遠浅でしたので大泊の子達はここで泳ぎをおぼえました。長門の町からも、水泳訓練に来たようで、校舎も左から右へと拡張されたそうなので、おそらく渡し場は写真の左寄りにあったかと思われます。
*注1) 同窓会誌ミサヲ3号にある大正5年「学校記事（行事）」では5月9日とあり、同「高山遠足記（岡村静子記）」では5月10日とある。
*注2)
次に出て来る上利さんの話では、渡し船の定員は大型機械船になるまで20名だった。
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渡し船写真と上利さん /
絵葉書の舟部分
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「黒牛」（長門市史より）
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  次いで2人目の案内人・上利（あがり）岩夫さん*1を紹介します。（写真/手持ちの額は大型になった頃の機械船）上利さんは大日比生まれで、最後の「瀬戸の渡しの船頭さん」でした。上利さんの事は、大日比の中村さんの紹介で知りました。取材時（H09.2007.01）は81歳でした。
上利さんは大津中学を出ると、下関で国鉄の鉄道貨物船の仕事をし、長門駅に移って終戦を迎えました。その後は援護局で、朝鮮の人の帰国対応をしたりして、また別の船の仕事をしていましたが、お父さんが瀨戸の渡しを辞めた時に船頭を引き継ぎました。すでに機械船の時代でしたが、父の時代から渡船の手伝いをしていましたから、手漕ぎ船の時代も経験されています。
その爐漕ぎだった頃ですが、潮の流れが速い時には、乗客も脇爐を分担したといいます。また船頭さんも激しい潮流に逆らわず、潮が「のノ字」に巻くのを見極め、船をうまく流れに乗せるのも船頭さんの技でした。ですからいつも最短コースではなかったのでした。そしてひどい時化の時には休みました。
船は予備1隻を含めて、王子山の渡船場に3隻係留していて、対岸で客が声を上げると船を出しました。（機械船の後は、予備はなかった）
細かくは聞かなかったですが、青海島小学校側の対応は、向うにも一隻待機していたか、見通せる仙崎側の岸で様子を見ていたのでしょうか。運航は朝の7時から夜の7時まで、船頭は4人いて日中は2人で回し、交代で時間外の当番もあったようです。
九州から来た揚繰（あぐり）網船の漁師が大泊で停泊すると、よく仙崎まで飲みに出かけたそうです。仙崎で飲んだ客が夜中にたっける（大声で呼ぶ）ので、迎えに行くと料金をはずんでくれたりしました。また電報配達の人に起こされた事もありました。
いつ頃の料金なのかしっかり聞いていませんが、運賃は5円か10円（昭和30年代？）でした。もちろん皆その場で清算しましたが、後に渡し場に切符売場が出来て、女の人が切符を切る様になると、今度払うといってその後払わない客もいたそうで す。
上利さんは尼さんを乗せたことは無いそうですが、牛を乗せたことはありました。いつ頃の話かは、聞いていませんでしたが、手漕ぎ時代ならとても難しかった事でしょう。なんでも大泊の奥にある青海部落の人は、仙崎の先の田屋地区に田があり、耕作のために牛を運んだそうです。たぶん乗船規則のゆるい時代だったと思いますが、上利さんの知る限り渡船では、命に係わるような事故は無かったといいます。
瀬戸の渡しは、島の人たちの大事な生命線でもありました。薪や島の季節の花を売り、日銭を稼いで帰りには、米や味噌醤油を買って帰りました。
「島から來た舟、/おつかれか、/入り江の波はやさしいに、/ゆつたり、ゆつたり、おねんねよ。//・・島の人たちもどるときや、/重いお米を買ってくる、/青い菜つぱを買つてくる。/・・（おねんねお舟）（Ⅰ-189/下142）」
*注1) 上利岩夫氏 (大正15=1926年1月生)
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「波の橋立」
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「花津浦」
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 私はいつかみすゞさんも登った高山（319ｍ）に登って、同じ景色を見たいと思っていました。そんな2013年、大日比の中村さんの案内で、夢が叶えられました。その時見たのが、監視塔から見た日本海や、目をみはったのが、帰途に見た「波の橋立」（写真）でした。残念ながらもやで少しぼんやりしていますが、夢の景色でしたから良しとしましょう。
大津高女の「ミサヲ」遠足記では日本海の大海原の記述だけで、橋立の事は書かれておらず、こんな景色も見ていた事かと思いました。やはり波の橋立は、このくらいの高所から俯瞰すると迫力があります。素晴らしいパノラマでしたが、少し残念なことは、高山からの眺めでいくと、詩の左右の景色が逆転することでした。
「波の橋立よいところ、/右はみづうみ、もぐつちよがもぐる、/左や外海、白帆が通る、/なかの松原、小松原、・・からりころりと通りやんせ。（波の橋立）（Ⅲ-186/下84）」
 高山の帰りに寄ったのは、「花津浦」（写真）でした。仙崎のうしろ原（さわやか海岸）からも、天気が良ければ視力テストのように、穴の開いた姿が見えますが、やはり草をかき分けて海岸に出て、至近距離で見るのは感慨がひとしおです。
よくこんな岩が自然に出来た事ですが、詩の様子からすると本人も、「波の橋立」をからころ歩いていますので、その先の「花津浦」にも寄ったことでしょう。その当時はてっぺんに何本かの松があった事が、昔の絵はがきに残っています。
「濱で花津浦眺めてて、/「むかし、むかし」と/ききました。/濱で花津浦みる度に、こころさみしく/おもひ出す。・・みんなむかしになりました。（花津浦）（Ⅲ-177/下72）」
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「島の学び舎」（青海島小学校学校要覧）
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「Ｓ10年卒業写真（記念誌より）」
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 さて話の進行状況としては、まだ王子山の渡船場にも到着していないのですが、青海島小学校下の渡船場に話に及んだので、寄り道ついでに波の橋立や花津浦の事まで書きましたが、さらについでに、青海島小学校・開校百周年記念誌「島の学び舎」*1から、卒業生の寄稿文を見ておこうと思います。
当時の島の暮らしや学校の様子、渡し船、大日比峠の話もとても参考になります。
（山本稔さん・Ｓ8年卒）「ふるさと」（詩）。
『仙崎駅から一直線に街をぬける。/渡し場へ出たとたんなつかしさがこみあげる。/ゆるやかな潮の流れ、翠（みどり）を映す王子山。/ふるさとには遊びなれた浜辺があり/昔のままのお地蔵様があり/何よりも温い空気がある。・・
（以下要約）』
（渡邊正治さん・Ｔ13年卒）「向島小学校時代」大日比から仙崎の爐漕ぎ船が1時間半かかった。筒袖やカスリの木綿。大日比の子は漁期に学校欠席。小学生でも協同網では収入があった。中学では県大会入賞者を青海島出身者が占めた。
（綿野得定さん・Ｓ3年卒）記念碑「島の学び舎」を揮毫。今の水産試験場は深川高女の水泳場だった。真帆片帆で賑わった大泊湾。
（上利千代子さん・Ｓ10年卒・向島小）髪を結び木綿絣にモスの帯、石ころの大日比峠、普段は藁草履。雨の日は下駄で鼻緒が切れた。雪の日は滑らない様、溝を歩いて通学。日和の日には樽輪や夏みかんを転がし遊びながら通学した。
春は蓮華の田んぼで遊ぶうち転んで叱られた。大泊湾に浮かぶ杉や檜の木の上を、遊び飛んでいて遅刻した。多くの家は子だくさんで、農繁期は欠席か弟や妹連れでの授業。当時大日比は鯨や海豚漁が盛ん。電話が無いので母親に呼ばれて帰った子も。帰ったら家の水汲み、風呂焚き掃除。春休みには仙崎に花や野菜を売りに行き本代にした。4年生の時青海島小学校に改称。セーラー服にゴム長靴、冬はラシャのマントで通学。おかっぱ頭が流行した。
夏は学校の前で水泳。王子山や只の濱までも遠泳。仙崎小との運動会では、毎年青海島が優勝。1月〈清福寺〉と3月（西円寺）には、亡くなった生徒や、先生の供養のため全校でお参りに行った。その際寺で出た、センベイの大きさで友と喧嘩。3月10日（陸軍記念日）には高山登山。海軍記念日（5月27日）には鼻津浦に行き、校長先生から日露戦の奉天や日本海海戦の話を聞いた。
*注1) 同誌はここの卒業生である、藤田裕政さんにお借りしコピーさせて頂いた。
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みすゞと堅助（高橋家様）/
王子山裏の旧道
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「Ｓ10年卒業写真（記念誌より）」
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  さて、いよいよ「瀨戸の渡し」に戻り、堅助みすゞ兄妹が王子山の桟橋に渡って出発するところから始めます。写真（左）は高橋家蔵の、兄堅助とみすゞの兄妹の（おそらく写真館で撮った）晴れ着姿です。実際は旅の姿だったと思いますが、こんな年恰好かの兄妹二人で、大日比の伯母・前田ミヨ宅まで歩いて行ったことです。渡しの正面には王子社への石段があり、その脇を抜けて裏へ回ると、大泊港へ向かう旧道が今でもあります。（写真）
堅助みすゞの兄妹も、王子山へは何度も遊びに来ていた事でしょうが、ここから先が大日比への旅になります。左に見える大泊湾は、いつもは王子山に隠れて見えない景色です。伯母さんの居る大日比部落へははるか遠く、昼でも薄暗い大日比峠が待ち構えています。ここからは幼い兄妹にとって、少し不安もありましたが、わくわくする冒険旅の始まりだった様に思います。
 そんな道を少し進むと兄妹を見守る様に、大泊のお地蔵さんの祠（写真）が、道端に建っていました。地蔵堂は橋の架かった現在では県道の右奥にありますが、以前はおそらくもっと旧道に近い場所にあったのではないでしょうか。そういえば記念誌（島の学び舎）にあった山本稔さんの詩にも、お地蔵さんが書かれていたことです。
大石正信先生が担当した、「ふるさとの石仏」（長門郷土文化研究会発行）によれば、寛保3（1743）年に、施主が父母の菩提を弔う為に建立したものといい、いまでは子供の「守り仏」として信仰されているようです。おそらく兄妹も、ここで旅の安全を祈ったのではないでしょうか。
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「大泊湾」
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 旧道左手には「大泊」湾が開け、みすゞ兄妹も母やお婆ちゃんに連れられ、何度か見た景色が開けています。そこを今日は二人で歩いてゆくのです。お泊りの布団や着替えは準備されていて、後は自分たちが道を辿って歩いてゆくだけです。そして向うには従兄妹たちも待っています。兄妹ははやる心を抑え一歩一歩道を急ぐのでした。
と、勝手な想像で書いていますが、旅の前半はここ迄で、後半は「⑦.大日比峠」の項に続きます。
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