大賀さん写真背景にある「大漁」詩碑  

　それらの記事にやっと一段落がつき、有難くも2015年より地元郷土誌「郷土文化ながと」に、毎年お一人ずつ掲載させて戴けることになりました。そうする中で振り返ってみると、大賀さんの記事だけ踏み込んでの取材が無かったと思うようになりました。そして遅ればせながら2016年の6月、やっとご遺族に面会し、新たに大賀さんを紹介する準備が整ったのでした。

　ということで、ここからは以前の記事の写真等も更新し、あらためて大賀さんのみすゞ人生を見ていこうと思います。

*注1) 大賀佳文氏(昭和16=1941年1月9日生〜平成15＝2003年6月4日 62歳没)

　大賀さんの勤めていた「よ志乃・海産物市場」（2003.3） 

　（過去の記事より、再掲載）この「みすゞのふるさと紹介ページﾞ」を作り始めた頃から、いつか大賀さんに会って仙崎の話や、みすゞさんへの想いを聞きたいと思っていました。大賀さんに出会っていたら、私のページはまた一味違ったものが出来ていたかも知れません。しかし伝え聞いた情報では、病気で入院中とのことでした。そして平成15(2003)年3月の仙崎訪問時にも、お店（よ志乃

 しかし一面識も無い私はそこまでふみ切れず、その後の6月4日の訃報に出会ったのでした。亡くなられたその後も、大賀さんのガイドぶりや、どんな方だったかをずっと知りたいと願っていました。ところが私が大賀さんを訪ねたひと月前の2月、大賀さんは病院を抜け出して、みすゞの生まれた仙崎の町並みを案内されていたのでした。
　今回その貴重な情報を得る事が出来ましたので、それをもとに大賀さんの「人となり」を、ふるさと長門でのみすゞ甦りの記録として以下に残しておこうと思います。

*注1) 当時「よ志乃」は、ショップ青海島（シーサイドスクエア内）の「海産物市場」、旅の宿「みすゞ」、祇園社前の食堂・宴会場「八坂会館」の3店舗を経営していたが、2013年頃より経営不振にて閉店。

 石正美術館 (島根県) 　と  所蔵作品 「湖畔の乙女」 

  山口県の隣の、島根県にも三隅という町があります。その三隅町に地元出身の日本画家、石本正(いしもとしょう、1920-2015)氏の作品を展示した、イタリア教会風の町立美術館があります。石正(せきしょう)美術館(2001.04開館)と言いますが、地域の方とのふれあい、県内近隣の美術館と交流を図りながら、独自のスタンスを持って運営されています。

  さて当時、そのホームページ内に「学芸員の部屋」というコーナーがあり、2003年2月、亡くなられる直前の大賀さんのガイドで、仙崎を訪問した記事が掲載されていました。大賀さんに会った時の感想、ガイドの模様、病気と闘いながらも「みすゞ」に籠める想いが伝わってくる文章です。
それは大賀さんの晩年の様子を伝え残すのに、とても良い文だと思い、執筆者さんから掲載の許可を頂いたので、以下に全文で掲載したいと思います。

 記念館完成直前のみすゞ通り（H15.2003.3.26）

《 学芸員のつぶやき50 -仙崎の玉三郎- 》
　２月２３日（日）、美術館サポーターの研修旅行で山口県の仙崎に行きました。 この日は、観光ボランティアの大賀佳文さんの案内で仙崎の町を歩きました。大賀さんは、仙崎の玉三郎として有名な方で、ある方から「仙崎に行くなら是非案内してもらいなさい」とご紹介いただいたのです。お会いしてびっくり。失礼ながら玉三郎のイメージとはほど遠い四角いお顔でした。それでも、すごい人気者。全国から氏に会うために人がやって来るとのことでした。

  私たちが訪れた時、二・三日前に退院されたばかりとのことで、声もかすれ、顔色もすぐれませんでした。それでも、満面の笑顔で迎えてくれました。「大丈夫かな」と心配しましたが、ガイドを始めると、とても大きな声で楽しくみすゞの生涯を語ってくださいました。

　仙崎はかつて鮮魚問屋や商店が並び、活気あふれる町並みだったと聞きますが、今では空き店舗の目立つ寂しい町です。ところが、玉三郎さんが話し始めると、突然、金子みすゞが生きていた当時の活気が生き生きと蘇るのです。
　玉三郎さんは、だれよりも金子みすゞとみすゞを生んだ仙崎を愛しているようでした。自分の大好きなみすゞを多くの人に知って欲しいと言っていました。まさに仙崎の語り部でした。もし、玉三郎さんの案内がなければ、この町の良さはあまり判らなかったと思います。

　今でこそ、全国各地で観光ボランティアが活躍しています。玉三郎さんら仙崎のボランティアガイドはその先がけでした。彼らの活躍に引っ張られるように、今ではたくさんの住民がみすゞの町を大切にしようと立ち上がっています。家々の玄関や店先には、それぞれみすゞの詩を書いた小さな板があります。決して上手と言えない文字もありますが、そこには、住む人のみすゞに対する愛情とふるさとへの誇りがあふれているように思いました。住民がみすゞを我がことのように考え、訪れる人に語り継ごうとしていることをうらやましいと思いました。

　４月に玉三郎さんから葉書を頂戴しました。「 金子みすゞ記念館が開館しました。どうぞいらして下さい。私はまた入院しましたが、その時までに体を治しておきます。また案内させてください。」 とありました。それが最後でした。６月４日、玉三郎さんはみすゞの待つ世界に旅立ちました。
　益田市鎌手で生まれ*1、仙崎に移り住んだ仙崎の玉三郎さん。半生をみすゞの顕彰に捧げた彼もまた 素敵な石見人だったと思います。

*注1) 実際の生まれは、戦時中の朝鮮半島南部・慶尚南道で、益田市鎌手は引き揚げ後に身を寄せた父の故郷。

大賀さんの描いたみすゞ像と遺影)　

  林芙美子とみすゞ
 同じ明治三十六年(1903)生まれの、金子みすゞと林芙美子について書いてみる。林芙美子の活力、生命力、底辺に生きる者のみがもつエネルギー。みすゞさんが、この万分の一でも吸収してくれていたらとの思いから・・・。また、自死という悲しい人生の結末はなかったのでは、という思いから書いてみた。
  芙美子はベストセラーとなった『放浪記』の印税を手にするや、女一人、あこがれのパリ遊学を果たす。一五○センチに満たない身体。しかし、堂々と和服に下駄という服装で、モンパルナスのアパルトマンから、シャンゼリゼ、オペラ座、ルーブルとくりだすのだ。倹約につぐ倹約で、目はトリ目になりながら・・・。しかし、堂々と七ヵ月におよぶパリ生活。ついでにロンドンにもちょっと足をのばす。全てに拍手喝采を送りたい。みすゞさん没後の昭和六年(1931)、満州事変が起こり、日本は戦争への泥沼へはいっていく。

 ここで芙美子は日本最初の女性従軍記者として満州へわたる。兵隊と同様、背嚢(はいのう)を背負い、戦地の最前線からリポートを送る。まさに活眼。何が彼女をつきうごかす原動力なのか。みすゞさんとは好対照だ。戦時中の沈黙、戦後のめざましい活躍。心臓発作で四十九歳の生涯を終えるまで芙美子は燃焼し尽くした。みすゞと芙美子。この違いは一体なんだろうか。共通していえるのは「生きる」という意味をそれぞれに教えてくれていることだろう。
  みすゞさんは『放浪記』を読んではいないだろう。彼女の死後、ベストセラーになったのだから。みすゞさんに『放浪記』の感想を聞いてみたいものだ。わが子、ふさえさんを守るため、若い生命を投げ出したみすゞさん。それは美しい母の生きざまだったのかも知れない。しかし、生き抜いてふさえさんを守ることもできたのではないか・・・。もっと早く林芙美子を知ってほしかった。二人の天才の悲しいすれ違いであった。

志賀直哉とみすゞ
  ここにも、みすゞさんのすれ違い人生があった。それは文豪、志賀直哉である。私の愛読書に、司馬遼太郎の『街道をゆく』のシリーズがある。その二十四巻の「奈良」の一行に私の目はくぎづけになった。
 ─ 明治四十一年(1908)、政府は勅令をもって、奈良に高等師範学校を設けた。政治も文化も、中心が関西から東京へと移っていくとき、奈良に女子師範ということは、奈良の文化面での没落をある意味で救った。─ こんな内容のことが書かれていた。金子みすゞは大津高女を卒業するとき、その優秀な成績から、奈良女子師範への進学を強く勧められている。しかし彼女は、教員室の雰囲気や女教師という職になじめず、これを固く辞退したという話は有名である。

 さて、志賀直哉である。前記『街道をゆく』につぎの記述がある。─ 志賀直哉の奈良移住は大きかった。年譜を見ると、大正十四年(1925)、四十三歳のときに移住し、昭和十三年(1938)五十六歳で東京に引きあげている。この間、奈良の志賀家に来遊したひとの数はかぞえきれない ─。先生が奈良に移られてから、龍井孝作さん、舟木重雄さんも移られた。武者小路実篤先生も一年ほど奈良に住まれた。東京と違って、歩いて行ける市内のことだからお互いの往来は容易だった。─

 つまり、志賀直哉中心に、大いなる文学サロンが形成され、いまもなおその影響が残っているというのだ。あの関東大震災は、首都東京を壊滅状態にし、日本のよき伝統風俗まで滅していった。志賀の心は傷み、国のまほろば奈良への回帰となったのだろうか。「イフ(もしも)ということが許されるなら、みすゞさんが奈良師範に入っていたら。志賀直哉と会っていたら・・・。」私の胸中に楽しい想像がふくらむ。みすゞさんと直哉と実篤の楽しい静かな語らいの時間。いったい何が語られていくのか。これは私の楽しい白昼夢。

 みすゞさんのファンには叱られるだろう。もし前述のようなことになったら、あのみすゞさんのつくりあげた「みすゞコスモス」はなくなるのではないか。みすゞさんはみすゞさんの宇宙を自らつくり完結したものだから、もしそれがなくなれば人類の一大損失だと。それはそうとして「イフということが許されるなら・・・」これも私の楽しい白昼夢。

 注) 記事内容は変わりませんが、長文故に段落位置の変更、写真等の挿入はﾎｰﾑﾍﾟｰｼﾞ用に、手を入れさせて頂きました。実文は縦書きで筆者名には次項のｻｲﾝ（本名の方）が使われていました。また本文のあとに下記、<編集室>の追悼文が載っています。

大賀さんの使われた二つのサイン 

  <編集室>
 筆者の大賀佳文さん(本研究会会員)は平成十五年六月四日他界され、病床で執筆された原稿が遺稿となった。六十二歳の生涯であった。この原稿を最初に持参されたのが四月七日。その後追加原稿が郵便で届いた。大賀さんは「仙崎の玉三郎」(略してセンタマ)の愛称で人気があった。とくに童謡詩人、金子みすゞのガイドでは、ユーモアのなかにもこころのある語り口が観光客を魅了した。まだ、次の原稿をとも言われていたのに残念でならない。心からご冥福をお祈りいたします。（中野）

  関係各位のご協力を得て、二つの文章を掲載させて頂きました。ほんの少しですが大賀さんの人柄に触れたような気がしました。大賀さんが亡くなられた時、私が一番気になってた事は、大賀さんは果たして新しくできた、「金子みすゞ記念館」をご覧になる事が出来たのか、と言う事でした。ボランティアガイド会さんが聞いてくださった情報では、亡くなられる半月前ほどにお客様をガイドして来館されたとの事でした。これを聞いた私は「ああ、良かった」と思うと同時に、「(病気をおして)何という人だったことか」と二つの思いが頭の中を交錯したのでした。でもそれが大賀さんにとっての、幸せな日々だったのかもしれません。

 記事および資料掲載ご協力 : <大賀佳文様・ご遺族様>、島根県石正美術館様、近松・みすゞボランティアガイド会様、長門市郷土文化研究会様、長門市立図書館様、ご協力を感謝申し上げます。
─ 以前の記事(2004.6)、ここまで ─

　句文集「山茶花」 

　仙玉さんは、仙崎・青海島の観光ガイド役で、金子みすゞを中心に、だれもが真似のできないユーモアを交えた独特の話術で多くの人々を魅了した。（中略）大賀さんの心の中には、おそらく一編のエッセーをまとめる考えがあったものと思う。いつだったか、わが家でビールを飲みながら語り合ったことがあった。（中略・この文中で郷土文化ながとに掲載された遺稿についても触れている）大賀さんの葬儀は六月六日、西宝寺（板持）でしめやかに行われた。全国各地から友人、知人の弔電が披露され、改めて生前のご人徳に敬意を表す次第である。大賀さんありがとうございました。合掌

　惜別のなみだ雨降る梅雨の空　忠（平成十五年六月）

「仙玉さん イヨッ 名調子」(H14.2002.4.30 読売新聞）

大賀さん（記事写真を拡大）　

 

『仙玉さん イヨッ 名調子』（読売新聞記事より抜粋）
『仙崎の玉三郎。そんな有名観光案内ボランティアなら、「ぜひ会ってみたいもの」と思いながら、みすゞ通りあたりを歩いていると、四十人ほどの団体客を引き連れたはっぴ姿の男性が、前からやってきた。（中略）お客の間から「玉三郎ってあの歌舞伎役者の?」と問われ、「女房は六十にもなって何が玉三郎よ。鏡を見なさいというけれど」。どっと起きた笑い声にも、にやりと澄まし顔。（中略）

　この日のガイドは仙崎の路地裏を抜けながら、みすゞの生家や子供のころ遊んだ八坂神社などを巡る三十分コース。途中、みすゞの生涯を情感込めて語りかけ、好きな作品は「土」「土と草」などを次々とそらんじる。笑い声を上げていたお客さんたちは話にすっかり引き込まれ、中にはメモを取る人も見受けられた。（中略) 朝鮮半島で生まれ、間もなく敗戦。家族と乗った引き揚げ船が入ったのが仙崎港だった。一家は宇部市に落ち着き、宇部高校から山口大学教育学部へ進んだが、時代は六〇年安保闘争の真っただ中。学生運動に身を投じ、七年間在籍したあと中退。

　長門市湯本温泉のホテル勤務を経て、二十年ほど前に、仙崎港にほど近い現在の店に移り、ボランティアの観光ガイドも、ほぼ同時に始めた。「玉三郎は自分で言い出した。当時、チビ玉とかがいて玉三郎ブームでね。そんなら歌舞伎役者には似ても似つかない顔も、アンバランスのバランスだーってわけですよ。まあ、注目してもらおうと」。（中略）みすゞに興味を持ったのは、ガイドを始めて約二年後。詩の奥深さに気が付いたのがきっかけになった。「みすゞさんの詩は簡単そうだけど、まねできない。生きる大切さを実に深く表している。」(中略)

　ガイドをしながら売ったみすゞ詩集は、四万冊を超える。買い手に渡す時には、筆ペンで「仙崎の玉三郎」のサインを忘れない。届いた礼状やファンレターは、段ボール数箱分。郵便物は郵便番号と「仙玉様」で届く。(中略) 時には「観光地の変なおじさん」と見られたりもする。「それはそれでいいんです。一人でも二人でも、みすゞさんへの関心が深まれば」と、あえて冗舌な口調に磨きをかけている。』

　ガイド初期の大賀さん(50歳前後か)

 ここからは前項の記事を参照しながら、大賀さんの生い立ちを振り返っていきたいと思います。今回取材してゆく中で私がふと感じた事があります。それは大賀さんが幼児期から学生時代、その後就職してゆく中であたかも天職であったかのように、みすゞ案内人への道へと進んで行った（あるいは進めた）秘密が、ほんの少し分かった様に思えたのです。

　今からその秘密を、少しずつ探ってゆこうと思いますが、思ったのは大賀さんは小さい頃から「本当はすごく勉強好きで真面目なんだけど、おどけたユーモアで人を笑わせるいたずら少年」だったんじゃないかという事です。こういう性格はもって生まれたものだと思います。

そして本人も度々書き残しているように、戦争により全てを無くし悲惨な引揚げを経験をしたことだと思います。もちろん「金子みすゞの甦り」と、「大賀さんが青海島のガイドになった時期」との偶然の重なりもあったのですが、大賀さんの「みすゞ詩に感じた思いとそれを伝えようとする想い」は、幼い頃からその天分が開花する時期をずっと待っていた様に思えてくるのです。しかしながらこれから辿ろうとする、大賀さんの幼少期から青年期時代についてはほとんど記録が残っていません。

　というのも大賀さんの父は大賀さんが21歳頃に亡くなられ、母も大賀さんの結婚後は同居されずに亡くなられたので、ご遺族も大賀さんの若い頃の話を聞く機会が無かったからです。ということで数少ない情報から、大賀さんの若き頃の姿を追ってみたいと思います。

朝鮮半島南部地図（ｳィｷﾍﾟﾃﾞｨｱより)　

　その後お借りしたビデオテープに、大賀さん自身が仙崎の「引揚げ上陸跡地」をガイドする場面があり、「自分は朝鮮の慶尚南道*1で生まれた。」と、話されている事が分かりました。
ということで地図を掲載しておきましたが、かつての釜山は慶尚南道の一部でした。地図は現代のものなので、戦前とは多少変わっていますが、釜山広域市を除いた残りの部分が慶尚南道となります。

*注1）その後両親の戸籍謄本が見つかり、大賀さん及び弟の出生地は慶尚南道北部の 陜川(ハプチョン)郡とわかった。

　朝鮮半島の米作風景(戦前絵葉書)

　全羅南道の移住民住家(東拓十年誌より)　

　キミエさんの話では、「島根県から朝鮮に移り住んだ大賀一家は、農場で朝鮮の人をたくさん使っていた。」と聞いています。ということでかつての朝鮮の米作地イメージとして、戦前の絵葉書（写真）を載せてみました。葉書の文章には「今や朝鮮米は内地米の大なる強敵である。それ程に朝鮮の米作法は改善され進歩を示して来た。」とあります。

　こうした朝鮮への米作移住には、米の増産を必要とした日本の時代背景がありました。明治以後の産業振興で人口が増加していた日本は、朝鮮・台湾・東亜各地より米を輸入していました。そして韓国併合（明治43.1910）の後、政府は朝鮮産米増殖計画（大正9.1920〜）を進めていきます。

　その推進をしていた国策会社・東洋拓植（株）は、土地状況や課税のための土地調査から始まり、優良品種の普及（在来種から日本種への切替え）や、開墾灌漑事業・施肥の日本型農業を進めていきます。その政策は後に様々な問題を残しましたが、順次増産が図られてゆきます。その際朝鮮人地主に対し日本型農業普及の手本ともなったのが、日本から募集された米作移民でした。

　大賀さんの父・昊周さん*2がいつ朝鮮へ移住したかは不明ですが、東洋拓植株式会社三十年誌（1939年出版）には、明治43年（1910）〜昭和元年（1926）までの16年間に全17回の募集があったといいます。この中に昊周さんが居たとすれば、21歳の頃が移住の最終募集でした。

　そして昭和10（1935）年12月、昊周さん（30歳）は、慶尚南道中南部にある馬山（ばさん）の女学校を出た、山口久子さん*3（24歳）と入籍しました。大賀さんの母です。実は久子さんの末の妹たちも慶尚南道の昌原郡で生まれ、兄も慶尚南道と接する慶尚北道にいたようです。そうして昭和16（1941）年、長男の大賀佳文さんが誕生し、戸籍によれば大賀さんの出生地は慶尚南道北部の陜川郡となっています。しかし久子さんのメモでは、引揚げ時は慶尚北道との境・居昌郡に居たとあります。（というわけで、まだ朝鮮での生活の様子はよくわかっていません。）

*注1) 大正11（1922）年以降は大規模な第二種移民だけの募集となった。
*注2) 読み方不詳。昊には夏空、大空の意味がある。大賀昊周さん。(明治39=1906年11月25日島根県生まれ〜昭和38＝1963年2月21日 58歳没)
*注3) 大賀久子さん。(明治44＝1911年10月6日 佐賀県生まれ〜S61＝1986年4月23日 74歳没）

　大賀さんは終戦当時、4歳8ヶ月でした。その頃の朝鮮からの引揚げはどんなだったでしょうか。「歴史の証言」には引揚の惨状を伝える貴重な記録が遺されており、それらの人々の手記も参考にして、大賀家の置かれた状況を推測してみようと思います。

（金子さん）『（国民小学校二年生の夏、終戦を迎え）私達八人家族は群山府*2で、百五十町歩の米麦農場をもって五歳の時より馬に乗り、豚・牛と共に生活し、一区画すでに四反歩の水田をモーターで揚水して、米・麦を内地に送り続けておりました。』という大賀家と似た境遇の方もいました。話の中の豚は副業としての養豚で、牛は農耕用に使っていました。

（望戸さん）『昭和二十年八月十五日小学三年生の夏休み、急に登校日となり（中略）敗戦を知りました。担任の若い女の先生は号泣なさいましたが、幼い私にはそれほどの感慨もなく（中略）その後、引揚げに向けて慌ただしい日が続き・・』こうして在朝の日本人には、「終戦、財産放棄、直ちに帰国」という現実が待ってました。一人二千円までの現金しか持込めず、苦労して手に入れた土地や家財も全て放棄せねばなりませんでした。

*注1) 長門市の仙崎港は、機雷で海上封鎖された下関港に代わり、昭和20年9月2日より昭和22年3月まで引揚げ港となった。平成7年9月2日がその50周年となる。
*注2) 韓国黄海側中央部の府。日本統治時代は米の輸出港として栄えた。

　戦前の釜山埠頭(戦前絵葉書)　

　当時朝鮮からの引揚げ拠点は釜山港でしたから、とにかく釜山まで移動しなくてはなりませんでした。大賀さん一家の場合、まだ釜山に近い慶尚南道からの引揚げでしたが、家には長男の大賀さんをはじめ幼い弟*1がいました。他の引揚者が釜山までどのように辿り着いたのか見てみましょう。

（小暮さん）『昭和二十年十月半ば頃の事です。（中略）ほんの少しばかりの身の回り品をリュックサックに詰めて、命からがら群山という軍港のあった町から引き揚げて来ました。米作農場を経営していた父にも私たち家族にも敗戦の痛手は大変なものでした。生まれ育った故郷を石もて追われるようにして、貨物列車に載せられ、まだ見ぬ祖国を目ざして帰国の途につきました。』

　「石もて追われる」とあるように、終戦後の朝鮮では多くの都市で「日本人帰れ」と排斥の声が上がり、日の丸も焼かれたそうです。大賀家も多くの朝鮮の人を使っていたそうですが、雇用関係は良く暴動騒ぎはなかったそうです。

（時宗さん）『昭和二十年十月、当時六歳の私は、母と三人の姉たちと一緒に、京城より引揚げてまいりました。（鉄道員だった父とは）釜山で別れて当時のひっ迫した情勢の中を、女子供だけで心細く帰国することになりました。釜山の港には南鮮、北鮮の各地から続々と引揚げの人たちが列車で運ばれて来て、乗船の順番が来るまでに数週間、あるいは一ヶ月近くかかりましたが、港の荷揚場や倉庫などで野宿のような状況で順番を待ちました。』

　このように釜山にたどり着いても、行列待ちでいつ乗船出来るか不明でした。また航程は下関-釜山が9時間でしたから仙崎までは1〜2時間ほど短かかったと思われます。ただし玄界灘が時化ると船が激しく揺れて遅延し、幼い大賀さんも激しい船酔いに苦しんだそうです。現地で生まれた子供たちにとっては、仙崎は初めて見る日本でした。久子さんの後の手帳によれば、大賀さん一家4人は「昭和20（1945）年10月20日、釜山より興安丸にて引揚」とあります。わざわざメモするほど大事な日となりました。

*注1) 引揚げ時1歳5か月。昭和23年4歳で没。後述の森川氏の小説では弟でなく妹が登場する。

　大学に入学した頃の大賀さん 

　引揚げ後、いったん父・昊周さんの故郷の島根県益田に戻った大賀家でしたが、その後厚狭郡厚東村（現・宇部市）に移り住みました。帰国した後、昊周さんは学校の先生をしていたと言いますから、厚東で教職に就いたのかもしれません。後年は植林の仕事をしていました。

　大賀さんは厚東の小中学校を優秀な成績で卒業し、宇部高校へと進学します。その三年の同窓会で「佐渡情話」を教壇で披露する大賀さんの写真があり、声を振り絞った表情に「我が名演ぶり」と説明書きがされています。ユーモラスな大賀さんはこの頃すでに存在していたようです。そして山口大学教育学部へと進んだ当時の写真*1があります。しかし父・昊周さんは大賀さんが21歳の大学生の時、58歳の若さで他界し、生活は久子さんが駅弁売りで働き、大賀さんも同じバイト等をして学費を得ていました。

 さて大賀さんが大学に入学した1959、60年は、60年安保闘争の真っただ中でした。この時の日米安全保障条約は、日本を戦争に巻き込みかねないと多くの学生が反対運動に参加し、大賀さんも七年間運動に身を投じた後、大学を中退しました。その頃の大賀さんの写真等は何も残っていないのですが、有り難いことに後に小説家となった学生運動仲間の森川雅弘氏*2が、大賀さんの亡くなられた直後に、当時を偲んで書き綴った小説が残っています。

　題して「朋輩（とも）の見た風景」*3で、学生時代から亡くなる前年までの大賀さんの思い出を綴ったものです。その森川氏も亡くなられていますが、ご遺族の承諾を戴きましたのでこの小説のエピソードを追いながら、大賀さんの学生時代やその後の様子を辿っていこうと思います。

*注1) 写真は入学申請用紙か、学生手帳に貼られていたものと思われる。
*注2) 森川雅弘氏 (昭和14=1939年山口県生まれ〜平成23＝2011年2月26日 72歳没)
*注3) 同小説は「ゆらぎ」と改題され、他の作品と共に「森川雅弘小説集」（本の泉社）として、森川氏亡き1年後の2012.2に出版された。

「泉州文学」第37号（2003.8）　

　小説「朋輩の見た風景」は、大賀さんの葬儀の日（2003.6.6）の描写から始まり、早くもその8月に、大阪の文学誌「泉州文学」に掲載されました。この速さを見ても森川氏の友情の深さが感じられます。森川氏は大賀さんより二歳年長ですが、山口大学教育部の在学中に学生運動の同志として、安保闘争に関わっていました。大賀さんもこの運動に参加し、やがては学生の自治会委員長にもなりますが、やがて分裂の進行してゆく組織から離れ大学を去ることになります。

　この小説では、かつて同志だった男女二人の闘争メンバーが、大賀さんをモデルとする多久島満洲男の訃報を聞いて再会し、その葬儀の一日を追いながら旧友・多久島との思い出や、その後の自分たちの人生を振り返っていきます。

　この中では小説上の演出だと思われますが、多久島が朝鮮ではなく満洲からの引揚者だったとか、戦後父の足跡を追ってシベリア経由でモスクワに行ったとか、実際とは異なる脚色もあります。しかしこの本が書かれた性格上、友人だから知りえる当時のエピソードや、大賀さんの言動自体にはあまり手を加えずにいると見て、当時の大賀さんを伝える上での信憑性は高いと判断しました。

　60年安保反対闘争（写真図説 明治百年の歴史より） 

　以下小説「朋輩の見た風景」もしくは「ゆらぎ」から、当時の大賀さんの姿を拾い出してみたいと思います。そこに若い頃の大賀さんを知る手がかりや、後にみすゞガイドをしている描写も出てきますが、後年みすゞに魅かれていく理由等も、語られています。

 『突然、角い学生帽をかぶり、タオルを腰からぶら下げた多久島が座席の肘掛けに上がって演説を始めた。「みなさん。おはようございます。私はＹ大学の学生の多久島と言います。私は昨日まで東京で行われました安保反対集会に参加しちょりました。アメリカのハガチー氏*2への抗議行動にも参加し、昨晩は銀座をデモしてきました。」まわりの乗客達は何事が起きたのかとビックリし、多久島の顔を見た。』

『「みなさん。いま、この日本は重大な岐路に立っていると、わたしゃあ、思うちょります。・・安保の事です。もし、これが政府の言う通り決まりましたら、日本はアメリカがする戦争に協力しなければならんのです。わたしゃあ、安保は改定*3でなしに廃止すべきと思うちょります。安全保障と言うと聞こえがいいですが、あれは軍事同盟です。」・・満員の車内は静かになった。「わたしゃあ、戦争はもうこりごりです。十五年前、わたしゃあ、母と妹*4と三人で命からがら満洲（実際は朝鮮）から引き揚げてきました。・・引き揚げ船の興安丸に乗って仙崎の港についたとき、私と妹は栄養失調で死の寸前でした。」』

『「病気がちの母は今も無理して働いています。わたしゃあ、駅弁売りのアルバイトをしながら大学に通うてます。この三日間、東京に行ったら収入はまったくありません。・・安保は止めなければならんのです。もう戦争はこりごりです。」車両内から小さな拍手が起きた。「ストをしているみなさんも、・・あの人達もストをすれば賃金カットを受けるんです。それでもストをうってる。みなさん。あそこに座っている国鉄労働者に連帯して応援をしようではありませんか。・・」車両内から期せずして大きな拍手が沸いた。長い長い拍手だった。私の目から涙が吹き出た。・・』

『ある日、私が・・「（君も革命の議論に参加して）持論をしゃべったら」と多久島に言ったことがある。彼は・・わしの原点は、敗戦で大陸から命からがら逃げ出し、引き揚げ船で仙崎にたどり着いたあの体験なんだ。暴力と混乱、民衆の日常生活の破壊を嫌と言うほど味わった体験を二度としたくないからね。」と呟くように言った。』

*注1) 小説内では「私」もしくは「高杉」として登場する主人公。作者である森川氏本人がモデルと思われる。
*注2) ジェイムズ・ハガチー大統領新聞係秘書。1960.6.10、安保調印後の米大統領の訪日調整のため、羽田空港に到着したハガチー氏を乗せた車はデモ隊に包囲され、海兵隊のヘリコプターで脱出しそのまま帰国した。
*注3) 1951年（昭和26年）9月、サンフランシスコ平和条約の中で締結された旧安保条約は、改定と称して1960年（昭和35年）1月に調印された。
*注4) 13項の注釈通り、実際は弟で一家4人での引揚げであった。

「露」の碑前で上山雅輔さんと（H1.1989.3） 

『・・多久島はこんな事も言った。「金子みすゞとの出会いはそんな時やった。彼女の詩は強烈にわしの心をつかんだ。こんな詩がある。「露」という詩なんやけど」・・「誰にもいわずにおきましょう。/朝のお庭のすみっこで、花がほろりとないたこと。・・」想像力の豊かさとか、感性の鋭さなどと言う表現をはるかに超えて、わしの魂の中にじかに飛び込んでくる言葉の響きに、強い衝撃を受けたんよ。宇宙と地球上の自然の溶け合うゆらぎのようなものを感じるんだね。」』

『「去年の暮れ*1、あいつから白血病で入院したと連絡を受けて見舞いに行ったときも、回復の兆しの見えたあいつは、みすゞさんのことばかり夢中になって話していた。おれも、語り部としての体験を本にしろとすすめた*2んだ。あいつも満更でなく執筆に意欲を示していた。・・ただ、間接的ではあったがみすゞの詩を紹介しながら、今も党活動をしている私へのメッセージらしきことを多久島は言った。』

『「あんたも知っちょるじゃろ、『私と小鳥と鈴と』・・この『鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい』と言うことには深い意味を感じたねえ。二十世紀初頭のこの詩人のメッセージに今日的な課題をダブらせて感動し、自分たちに欠落していた何かにみんな気がつき始めている。・・個の尊厳、自由とか民主主義、人権が忘れられた社会主義は、本物ではない。人類は二十世紀に戦争とか革命とかで大きな学習をした。二十一世紀は、個の存在に光が当てられる、個あっての社会だと言う時代を迎えるような気がするんじゃがね。どう思う、あんたは。・・」』

*注1) 2002年の暮れの10月の再入院。2001年白血病と診断され、山口医大病院に入院して以来。
*注2) 2002年の12月の森川氏の見舞いの手紙にも、みすゞの研究成果を世に出さないかと書かれている。
*注3) 2003.3.20発生。イラクが大量破壊兵器を保持しているとして、米軍がイラクに侵攻した戦争。

　大賀さんの勤めた湯本温泉国際観光ホテル

40代?の大賀さん　

　

　大学を辞め、アルバイト生活した後の昭和41（1966）年頃（25歳）でしょうか、大賀さんは長門の湯本温泉国際観光ホテル*1に勤め始めたようです。同ホテルには遊技場やボウリング場があり、2年後大賀さんはボウリング場の主任となっています。また昭和47（1972）年頃には、ホテルは余興としてブラジルのサンバショーを始めたり、ミュージシャンを呼んでのイベント興行等をしていて、その時司会を務めていたのが大賀さん（31歳）でした。サンバショーの模様は九州朝日放送でも放映、大賀さんがテレビに登場する先がけになったと思われます。

　そう大賀さんには、お客さんの心を惹きつけて場を楽しく盛り上げる話術が、この頃すでに備わっていた様です。大賀さんは以前から大の本好きで、かの森川氏も大賀さんから、「偏った本ばかり読んでると魅力のない人間になるぞ。」と、團伊久磨のエッセイ集を勧められた話が小説にもあります。いろんな話の引き出しを持つ大賀さんは、ユーモアを交えた楽しいトークはもちろん、デモ帰りの列車内で見せた説得力のある話術も両方兼ね備えていた事でしょう。

　「アコーディオンや、歌もうまかった」ことも小説に書かれています。歌はホテルの宴会やその後のガイド活動でも役立ちました。そんな大賀さんは楽しい酒で、家でも飲みながらいろんな蘊蓄話に花が咲いたそうです。

　やがて大賀さんは、ホテルの支配人を任されるようになっていました。その頃人気のテレビドラマ「鉄道公安官」（1979年9月放送）にも、実際のホテルマン役でちょっと出演したそうです。しかしながら昇進もいいことばかりではありませんでした。小説にも近隣や森川氏の住む関西方面まで出張して、営業活動をする話が出てきます。また人間関係でもうまくいかない事が出てきたりします。大賀さんは勤めを辞めることを決断しました。41歳頃のことでした。

*注1) 現在ある湯本観光ホテル西京の場所にあったホテル。建物の一部は残りそのまま使用されているが経営陣は変わっている。

 「よ志乃」(八坂会館・2016年撮影）  

 大賀さんの次の勤め先はすぐ決まりました。仙崎の祇園社前に本店を構える「よ志乃」から、大賀さんの仕事ぶりが見込まれて声がかかったのです。「よ志乃」は（2013年頃?）無くなってしまいましたが、レストラン・宴会場の「八坂会館」と旅の宿「みすゞ」、そして青海島観光基地のお土産品店「海産物市場」がありました。

　大賀さんの新しい仕事は「よ志乃」の観光部長として、観光バスで来たお客さんのバスに乗り込み、ボランティアで青海島の無料ガイドをした帰りに、「海産物市場」に寄ってお土産を買って頂く*1というものでした。

 ということで新しい仕事の場所は、今までのホテルのフロアとかイベントステージとは勝手が違い、観光バスの車内や青海島の海岸等を歩いての案内でした。最初は名所のガイドを一から勉強し直したことでしょう。今回初めてビデオ映像等に記録された、大賀さんのガイドぶりを見させて頂きましたが、実にうまく全体の流れが纏まっていることに感心します。
　でもこの時はまだ、みすゞは甦っていませんでした。この頃の大賀さんはみすゞの話がない分、メインは観光ガイド的に青海島を案内していた、と思われます。もちろんお得意のユーモアトークを随所にちりばめ、お客さんを楽しませるのは得意だったに違いありません。

　しかしいくらトークばかりがハチャメチャに面白くても、本筋の観光説明がいい加減では、観光に来たお客さんを満足させられません。またその逆でも同じになることでしょう。このバランスが難しいところで、馴れていない他の従業員がガイドすると、お土産の説明ばかりとなって逆効果になることもあったそうです。

*注1）後年はこれ以外に会社を離れた立場で、独自でボランティアガイドをすることもあった。

「みすゞ特集」（1995.7 広報ながとより）　

　昭和58（1983）年6月に長門みすゞ会（世話人会）が結成され、その活動により市内に金子みすゞが浸透していきました。実際に大賀さんがみすゞの詩に出会ったのは、「広報ながと」の記事によれば昭和60（1985）年（44歳）頃と見られます。その「広報ながと」は

　その記事には「最初はピンと来なかったものの繰り返し読むうち、星を見ても花を見ても何も感じなかった私が、星や花をいとおしむ気持ちが生まれ、短気坊主であった私がやさしくなったような気がします。」とあります。
そして観光ガイド活動でもみすゞの紹介を始め、みすゞ会のイベントにも参加*1していきます。この時大賀さんはこう思ったかもしれません。「長門みすゞ会が市民や訪れるみすゞファンを出迎え、自分のほうは長門に来た一般の観光客向けにみすゞさんを案内して行こう」と。

　実際みすゞの紹介は、大賀さんのガイド活動に「大きな幅と心のゆとり、そしてやりがい」を持たせた様に思います。この記事の中でも「観光の仕事に従事していますが、お客さんの案内をし、お土産を買ってもらう、それでいい旅なのだろうかと思っていた。」という心情も書かれています。「観光の仕事をしながら、好きな詩人の案内もでき、お客さんにも満足して帰ってもらえて、自分の商売にもつながる。」大賀さんは、どんどんこの仕事が好きになって行ったと思います。

　そして青海島の歴史や名所、みすゞの勉強、お客さんを楽しませるトーク、全てに磨きをかけていきました。郷土文化研究会や、みすゞ会やみすゞの遺族や関係者との交流を通じて知った話、長門の旬な話題や時事ニュース*2、全てが大賀さんのガイド活動に彩りを添えていきました。

*注1)　昭和61（1986）年3月の、第2回「合同みすゞ会」の参加名簿には、大賀さんの名前も載っている。
*注2)　後に出てくる入院中のメモ帳には、ニュースで報道された著名人の亡くなった日や、本や番組で知ったメモを書きつけている。

　大賀さんの「ツアーガイド原稿」（S61.1986年）

　大賀さんがみすゞガイドを始めた頃に作成したと思われる、青海島とみすゞ巡りの原稿が一枚目だけ残っていました。

 『古代七浦とみすゞ詩跡めぐり』
『本日は、ようこそ海上アルプス青海島を、おたずね下さいまして有難うございます。これから古代七浦と、みすゞの詩跡めぐりをご案内させていただきます。どうぞ最後までよろしくお願い致します。前方に見えておりますのが、北長門海岸国定公園の中心に位置しております青海島で、ございます。
　仙崎港は、この青海島が天然の防波堤の役割を果たしてくれているおかげで、古くから日本海の良港として栄えて参りました。仙崎港）これを古来、紫津ヶ浦長門と称しそれは、仙崎、白潟、通、大日比、野波瀬、小島、澤江、この七浦を総称したものです。鯨が取れれば七浦がにぎわうと云われた七浦、これを本日は皆様と遠望し訪ねて参りましょう。そして仙崎の生んだ・・』

　文章が途中で打ち切られていますが、もちろん最後は童謡詩人「金子みすゞ」と続いたことでしょう。他社用の原稿のため大賀流のユーモラスな表現は出てきませんが、新聞記事によれば「仙崎八景」（8編）「大漁」（など5編）の詩を、女性ガイドが朗読する形で使われ、みすゞの詩跡巡りが観光汽船に、本格的に登場したのはこれが初めてだと言います。この話からも当時のみすゞ詩の拡がりと、原稿を依頼された大賀さんのガイドの人気と実力が窺えます。

*注1)　昭和61.1986年6月5日記事。(水津百合信さん保存）新設された内海コースは、古代七浦の景勝観光とみすゞの詩跡巡りをセットしたもの。

 「大漁」詩碑前の金子みすゞ像

　ラジオ番組のカセットテープ　

＜�@全国縦断!イキイキCALL (RCC広島放送 H2.1990.1.14 ）より＞
番組内容：広島大助教授のイギリス人・マイクさんと、長門市仙崎の青海島ガイド大賀さん（仙玉さん）との電話対談。

 広島の放送局にいるマイクさんに向け、大賀さんは仙崎・青海島のうららかで、また一方で荒々しい海を紹介。好きなのは冬の荒海がとても綺麗だと言う。マイクさんが「冬は風がすごくて、隣の韓国からの匂いも釜山港から来るかな?」と大賀さんに返します。すると大賀さん、「ソウルのオリンピック（1988）の時は、声が聞こえましたよ、歓声が。」と言います。「えっ、ほんとに!?」とマイクさん。大賀さんは「実は隣の人がラジオを持ってたんです。」と笑わせます。マイクさんは大笑い。大賀さんも、してやったという感じで笑います。

　マイクさんが「やっぱりヒューマン（ユーモア）たっぷりの人。だからファンも多いんじゃないですか?」と続けます。それに答え大賀さん「今日も三通（ファンレターが）来ました。」「ホンマかね?」とマイクさん。「宛名が驚かれるんですけど、山口県長門市、仙崎の玉三郎様、で来るんですね。」「ほ〜っ!?　私も広島市のマイクで来るよ。イヤ、それウソよ。（笑）」

(大賀さん)「それとマイクさん、こんな詩人を知ってますか?　金子みすゞさんと言う人ですが、仙崎生まれの詩人なんです。」と、「大漁」の詩を紹介する。「・・浜はお祭り騒ぎ。でも海の中では、物言わぬお魚達が兄妹肉親を失って泣いてるよー。」「・・戦争で負けた頃は、食べる物が無くて、なんでも食べた時代が・・今ではテレビも何台 車も何台持ってる人たちが心を失っている。」

(大賀さん)「その人たちこそ、海の魚はかわいそうだよーと言う詩を知ってほしいなーと、金子みすゞさんの話もするんですね。」「やっぱり仙玉さん、こんなふうにガイドするんですね。そういう説明とか。」と、マイクさん。

(マイクさん)「私ね、顔がいいからファンレター来ると思ったけどね、そればっかりじゃないんですねぇ?（笑）」それに答え大賀さん。「あるバス会社の社長さんからですね。『君（の顔）は何だなぁ、アンバランスのバランスだよねぇ。顔と名前が一致しないからいいんだよなぁ。』」って言われました。（笑）」と答えます。

仙崎から青海島に架かる「青海大橋」　

（バスに乗り込み、挨拶をする大賀さん）「決して怪しい者ではございません。顔の方はいささか怪しいんですけどね（笑）。ここは仙崎港、蒲鉾で有名なのが仙崎港ですね。・・3年ちょっと前は「豊かな海づくり全国大会」、ここで開催されました。・・人工島に大きなドームを建てましてね。・・天皇皇后両陛下がお見えになりまして大騒動。殺風景な漁師町、街路樹一本も無かったんですけど便利な世の中、人まで生えてしまいます。（これが）天皇陛下の威力。」（乗客、笑）

（青海大橋にさしかかって）「・・バスが傾いてますけどもご心配なく、今、橋を渡っている所です。青海大橋、昭和40年に開通致しました。それまでこの左手、渡し船で通ってたんです。ちょうど「矢切の渡し」の様に船頭さんが・・、なぜこのように傾いた特殊な橋を作ったか?　・・関係者にあたって調べてみました。ようやく原因がわかりましたね。前の方が後ろより高いから〜。（乗客、爆笑）

（大泊に入り）ここが大泊の港、江戸時代の北前船の寄港地です。ここで風待ちしたんですね。・・青い海の島と書いて青海島（おおみじま）。・・これがなかなか読めない、「あおみしま」とか、「あおしま」と間違えたり、こないだなんか「ちんたお」（乗客、笑）この前店の前に居たら、黒塗りの九州ナンバーの自動車。「君ぃ、＜せいかいとう＞は、何処だ?」「そんなのあったかな?　あ、お客さんそれは正解ではありません、誤解です。」（乗客、笑）と、乗ってここまで5分足らず、バスの中は笑いの渦に包まれます。

　大賀さんの登場する「遺骨」（角川書店）  

西圓寺山門（大日比）

「今日のご案内役は「よ志乃」というお店の、これでも取締まられ役・走り使い・お茶くみ兼・お掃除係となっています、人呼んで仙崎の玉三郎。（パチパチと拍手があがる）仙玉がご案内いたします。」「こないだ豆腐を食べすぎて、前歯が無くなって しまいました。」*1「去年の暮はテレビ東京さんが取材に見えて、なんと5日間のロケ、九州では系列のテレ九で、なんとわたくしの入浴シーンまで放映されました、誰が見るかい。」（乗客、笑）

「・・本がお好きな方は浅見光彦探偵シリーズ、去年（H9.1997）の8月（7/31発行）出ました「遺骨」という本です、なんとこの中に仙崎玉三郎が登場しますから、お好きな方は読んでみてください。」
「はい、この右手・大日比、「いい旅夢気分」ここでロケ、・・西本さんのお宅の樹が天然記念物、夏みかんの原樹です。樹齢200年余、あの赤い屋根の10軒ばかり向こうです。」（見えない?　笑）

　「（今のは）右側へ首の運動、今度は左側、立派な山門を持ってますが、浄土宗のお寺、西圓寺といいます。本山京都の知恩院さん。ここの和尚さんが名物和尚・得定（とくじょう）さん*2、お話がとってもいい。」
　「こないだ近所のお婆ちゃんが、お孫さんを一生懸命あやしてる、それ見てからかったそうです。」「大変じゃのう嫁さんが年寄りに子供を押し付けてから・・」と言ったら（お婆ちゃん）「いいえ、うちの嫁はよく出来た嫁であります。この子がもう重いなぁという頃には、次の軽〜いのを用意してくれます。」（乗客、笑）

*注1) 前歯を無くしたのを逆手にとって「豆腐を食べすぎたため」と笑いに変える、大賀さんの定番ギャグ。
*注2) 故・綿野得定和尚。みすゞ詩碑「王子山」の揮毫者。西圓寺は「世界最初の日曜学校発祥の地」としても有名。

　紫津浦を見降ろす「大内義隆像」  

「大内義隆公墓所」(太寧寺）

「・・今、車が通ります、あの道路の上、 何か（像が）建ってるでしょう? お国柄萩焼の像ですね。昨年大河ドラマは「毛利元就」（H9.1997年放送）でしたが、・・元就語るにはこの人忘れちゃいけません。左上・・大内義隆公。」「・・何故あんな寂しいところに建ってるか?　実は家臣の陶（すえ）と言う人が、謀反を起こします。・・戦になりまして殿様（義隆公）負けまして山口からここまで逃げて来た。」

「・・これから日本海へ逃げようとしますが荒波が阻み、あきらめてこの近くの湯本温泉、今日（皆様が）お食事をなされました、あの近くの大寧寺に立て籠り最期の一戦。割腹自害、大内家が滅亡。こういう歴史があるんですよ。
＜討つ人も討たるる人も諸共に 如露亦如電 応作如是観*1＞辞世の句です。・・勝った負けたと言って戦をやってるけども、諸共に露の如く、また稲妻の如くはかない人生であったね。こういうことを言ってるわけですね。」

 *注1) 「如露亦如電 応作如是観」(にょろやくにょでん おうさにょぜかん)。

　海岸から韓国方面を望む　  

「碧涛台」から見る海上アルプス　

（青海島鳥瞰路にて）「・・ここが和っこちゃん*1のロケをやった中の浦です。」「・・（青海島の西端を指しながら）あれを筍岩と言います。あれから延々16キロ、断崖絶壁が続き・・海上アルプスと申します。」
「（これから行く）第一展望台を「碧涛（へきとう）台」と言います。これ高松宮殿下のご命名、そこで写真撮ると最高だろうと思います。」「高松宮殿下、昭和39年にお越しになりました。東京オリンピックの年です。」「宮様、ここをずーっと上がって*2 行かれました。でもさすがに高貴な方は違う。文句ひとつ言わずに上がって行かれました。皆様も高貴に参りま〜す。」（ツアー客、爆笑）

（碧涛台にて）「あの一番大きな岩、カモメ岩と言います。古来カモメの巣がたくさんあります。なぜかカモメが好むのでカモメ岩。25Mあります。」「その右側にたくさん寄り集まってる、これが十六羅漢。なんか仏像が集まってるような。」「この下の一列に並んでいる岩、これが変装行列です。何か一つ一つの岩が人形に見えるでしょ?」

（海岸まで降り*3、ハングル文字の漂着物を見た一行）「（女性アナ）ビンが流れ着いてますね。釜山の方から流れ流れて、この青海島の海岸まで・・。」「（大賀さん）これもそうでしょうね。タコツボです。」「（女性アナ）この向こうに釜山があるかと思うと・・。この番組でも三度行きました。」

「・・あっ、石がまあるく削られてますね。」「（大賀）碁石の様な石ですね、波で洗われて・・。」「（男性アナ）・・そしてこの（景色の）向こうに、釜山*4 があるかと思うと、思いがまた釜山半島へ飛んでいきますね・・。」

 *注1) NHK朝の連続ドラマ「和っこの金メダル」（1989.10-1990.3放送。）放送以来「和っこの浦」と呼ばれている。
 *注2) 鳥瞰路は上り下りが多く、毎年観光シーズン中にガイド応援をした、金子みすゞ顕彰会の水津百合信さんは、1日5〜6往復の日もあったと書いている。
 *注3) 通常のツアーでは時間の関係で、この海岸まで降りることはない。この番組向けの特別企画と思われる。
 *注4) 前述したように、大賀さんも韓国慶尚南道で生まれ、釜山から船で日本に引揚げて来ている。

　観光客をガイドする大賀さん（H1.1989.8）

「知ってるつもり」(日本テレビ・H6.1994.8放送）

（帰りのバスで）「皆さん、いい写真が撮れましたか?　でもこれだけいらして、この玉三郎と一枚でも撮ろうとした人は、誰ーれもいないという、誠に厳しい現実であります。」（乗客、笑）「冗談ですよ〜。」

（金子みすゞの紹介）「私は過去10年間、仙崎の詩人「金子みすゞさん」を語り続けています。・・こんな詩、聞いたことありませんか?「大漁（朗読）」。・・おととし読売新聞の夕刊にこういう記事が載りました。「ついに教科書に登場 *1、金子みすゞさんの詩。」今大変評判になってるのが、みすゞさんの詩なんですよ。」

 「こんな詩も聞いたことありませんか? ＜積もった雪＞。」「上の雪/ 寒かろな。/ 冷たい月がさしていて/ ・・。」「雪の表面を見る人はいますけど、中の雪とか下の雪まで見通す人はなかなかいません。・・2年ちょっと前、「知ってるつもり」という番組で紹介されました。」「・・一年ちょっと前は小林綾子ちゃん*2が来てくれたんですよ。ここでロケやりましてね。・・＜こころの王国＞・・」素晴らしい番組でした。私がテレビに出たのも、みすゞさんのおかげで、「西日本の旅・詩人の愛した町・仙崎」で放映されました。」

 「・・今、いじめの問題等で学校教育が揺れてます。・・今の子供たちは、相手が自殺するまで追い込む程、ひどいいじめをするようですが、何故この優しさというのが無くなったんでしょうか? ・・そして子供たちに勇気を与える詩があります。＜わたしと小鳥とすずと＞（朗読）」「・・みんなちがって、みんないい。こう詠っているんです。この最後の言葉、素敵でしょう?」「・・この世に生きているものみんな素敵なんだよー。欠点やアラばかり見たらだめだよー。と言ってます。」

 *注1）平成8（1996）年度より「ふしぎ」(東京書籍・四上）、「わたしと小鳥とすずと」(光村図書・三上）、「私と小鳥と鈴と」(学校図書・五上）が掲載。
 *注2）NHKスペシャル「こころの王国」にてみすゞ役を演じた。平成7（1995）年8月放送。

「わたしと小鳥とすずと」（JULA出版局）

引揚げ上陸跡地（KRY山口・熱血テレビより）

＜�A玉三郎テープ＞（帰りの車中で）
「昨年（H9.1997）私は、とってもうれしい出会いをしました。観光業33年*1 で一番うれしい出会いでした。東京から一人の青年が「朝日新聞の記事」*2を見て訪ねて来たんですね。・・（その青年は）自殺未遂をして病院のベッドで気が付き、その日の新聞に私の記事が載っていたのを読んで、生きていこうと決心してくれました。」「記事の中で私が引用した、みすゞさんの詩が彼を助けました。＜わたしと小鳥とすずと＞という詩です。」

「・・みんな違って、みんないい。そうだ、自分は自分であればいいんだ。と気が付いてくれたんですね。これが彼からの礼状です。」「・・この手紙の一番最後に、仙玉さんと会えてよかった。」「・・そして僕は生きて行きます。と書いてある。わたくしの一番の宝物となりました。」「みすゞさんの詩が、一人の青年の命を救ったんですね。有り難いなぁ。そのみすゞさんの生まれた仙崎が目の前です。」「どうぞみすゞさんのファンになって頂ければなぁ、と思っています。荷物にならないお土産＜みんなちがって、みんないい＞どうぞお持ち帰りくださいますように。」（乗客からの拍手、帽子をとって礼）

（引揚げ上陸地前で）「なお、仙崎に来たらもうちょっと思い出してください。仙崎は引揚げ港なんです。41万人が上陸致しました。その場所ここなんですよ。これこれ、引揚げ桟橋。この左手にバラック*3があるでしょ? あれが当時の検疫所の一部。あれしか残っていないんですよ。52年前、そこの桟橋に上陸いたしました。大変な時代でしたね。」

＜�D熱血テレビ（KRY山口放送 H12.2000.6.15）より＞
内容：番組レポーターが見つけた「仙崎の達人」が大賀さん。大賀さんのガイドでみすゞを紹介。
（引揚げ上陸地前で）「くしくも引き揚げた場所で私は働いてますけども、人生の原点でもあり、旅の原点でもあるのは、この仙崎の町なんですね。本当にいろんな意味で、魅力というか意味のある町だなと私は思います。」

＜�C玉三郎さん名ガイド＞ (引揚げ上陸地前で）
「実はわたくしも慶尚南道で生まれ、釜山まで逃げて来て、興安丸という船でこの港に帰ってきた一人で御座います。あの頃の事を思いますと、本当にいい時代が来たなーと、こうやって旅行が出来る時代が来るなんて、夢にも思わなかった。あの頃の事を思いますと、空襲警報もない、食べる物もある、本当にいい時代になったと思いませんか? せっかくのご旅行、いい思い出、たーくさん持って帰ってください。」
　この後大賀さんは、よ志乃のお土産店「海産物市場」を紹介し、置かれている「わたしと小鳥と鈴と」等のみすゞ詩集を案内し、買ってもらった客には「仙崎の玉三郎」とサインしていました。累計販売数は四万冊を超えた*4と言います。

*注1) 湯本温泉国際観光ホテル時代から数えて33年。亡くなられる年まで通算すると37年、みすゞガイド歴は通算18年間となる。
*注2) H5.1993.12.8、「それから」〜金子みすゞの恋人たち〜。12/6〜10迄、みすゞと出会った5人の記事が掲載された。
*注3) 現在このバラック小屋は無い。みすゞ通り廣田珈琲店奥に建つ「仙崎まちなかギャラリー」にて、当時の記録写真が展示されている。
*注4) 入院中とか他の事情等を考慮しない単純の延べ計算で　40、000冊 ÷ 18年　＝2、222冊/年（6冊/日）となる。

　「ハッピークイズ」（テレビ山口放送より） 

（「遺骨」より）『「ああ、みすゞさんのことでしたら、仙崎の玉三郎さんにお聞きになるといいです。」女性は笑いながら言って、店の前でワゴン車に荷物を積んでる男に「大原さん*2、お客さん」と声をかけた。大原は「あいよ」と言う感じで気軽にやってきた。
　五十歳前後だろうか、よく陽に焼けた、草履のような丸顔のおじさんだ。派手な色柄のシャツを着ているところは、まるで遊び人にも見えるが、さっきの仕事ぶりはたしかに商売人そのものであった。』

 小説には実際、みすゞ通りを案内する場面もあるので引用しておきます。
『「この神社は＜祇園社＞いいまして、みすゞさんが「はらはら松の葉が落ちる、・・」と歌っているところです。」「この郵便局は昔からこの場所にありまして、・・詩に＜郵便局の椿＞というのがあります。」大原はしんからみすゞに惚れ抜いている様子だ。それにしても、中年男が派手なシャツを着て、大きな声で童謡を語って歩くのは、ずいぶん珍奇な眺めといっていい。人通りのごく少ない町だが、それでも、すれ違う若い女性たちは呆れ顔に笑っている。』

*注1) この番組は「遺骨」発行日（H9.1997.7.31）の翌月放送。放送時、大賀さんは56歳。
*注2) 大賀さんがモデルの人物。本小説のため大賀さんは、内田氏の取材に応じ協力している。

「熱血テレビ」（KRY山口放送より）　

　さて遺された映像やカセットテープ・本等の助けを借りて、大賀さんの「青海島及び、みすゞガイド」の様子を見てきましたが、如何だったでしょうか。仙崎・青海島の観光案内をしながら、ユーモアいっぱいに人を笑わせ、金子みすゞの世界の紹介と共に、現代社会の抱える心の問題まで考えさせられてしまいます。

　ところで、大賀さんがここまで知られる様になったのは、やはり80年代の玉三郎ブームに乗って、自称「仙崎の玉三郎」と名乗ることがきっかけになったからと思います。こういう仕事はまず、お客さんに顔と名前を覚えられ、親近感を持って貰わなければ始まりません。当時は歌舞伎の女形役の本家「玉三郎」が人気で、その後の太衆演劇場の女形「下町の玉三郎」も、本家に負けぬ人気を博していました。

　ですから「玉三郎?」と聞けば、「えっ、どんな人?」と注目されました。しかし本人に会ってみると、「派手なシャツを着た、中年のおじさんだった」わけです。まさに、ある人から言われた「顔と名前が一致しないアンバランスのバランス」と、いうのは「言い得て妙」で、さっきまで乗客を笑わせていた、そんなおじさんが突然しっとりと語る「金子みすゞ」の詩も、新鮮な組み合わせだった事でしょう。そうして顔と名前が覚えられていった様に思います。

　そして少しずつ有名になった大賀さんは、もう一つの裏技を身に付けます。「長門市仙崎・仙崎の玉三郎でファンレターが届く」というものでした。おそらく最初は「長門市仙崎・八坂会館よ志乃　仙崎の玉三郎」で届いたのが、いつの間にか「仙崎の玉三郎」だけになって、さらに略称「仙玉」様でも届く*1ようになっていました。これは非常に便利でした。みすゞファンになったお客さんは、住所を知らなくても大賀さんにお礼状を出せたのです。

　大賀さんも自分が話した反応が、手紙や葉書で返って来るのを楽しみにしていたようで、まさにガイド冥利に尽きる出来事だったと思います。そして仙崎の玉三郎は有名になってゆき、旅行企画に「仙崎の玉三郎のガイド」と、冠したツアーまで生まれる程になっていきます。

*注1)大賀さんはH10（1998）年4月20日の郵政記念日に、一日長門郵便局長に就任した際の挨拶文にて、「仙玉」で配達してもらった事への感謝を述べている。

　打上げ会での大賀さんと羽仁さん

　大賀さんは大のお酒好きで、過度の飲酒も糖尿病に悪影響があるとされています。掲載した写真は何の打上げなのか不明ですが、長門市郷土文化研究会の羽仁雅助会長と、楽しそうにお酒を酌み交わす様子が写っています。おそらく50台半ば以降の写真と思われます。余談ですが大賀さんの好きな食べ物は刺身とかひじきの煮ものでした。

　その後のテレビ映像等からは、脳梗塞が進行した様子は窺えませんが、お酒はずっと続いていたようです。そして次の大きな異変は14年後の平成13（2001）年2月、山口医大病院*3に検査入院して判明した慢性白血病（60歳）でした。慢性白血病の初期ではあまり顕著な症状は見られず、進行すると貧血症状、咳、発熱、倦怠感、腹満感等の症状が現われ、さらに出血や頭痛、感染症など急性白血病に進むと言われています。

　大賀さんがこの入院時*4から付け出したスケジュール帳には、当初は2週間ほど入院と書かれていますが、実際治療が進み退院出来たのは3ヶ月後の5月中旬になります。これが白血病が元での最初の入院です。

*注1) ホテルマンから青海島ガイドとして転職した年。
*注2) 血液中の脂質が過多となり、動脈硬化をもたらす原因となる。日本人に多くみられる生活習慣病の一つ。
*注3）山口大学医学部付属病院、宇部市にある。
*注4）H13.2001.2/20〜5/17まで入院。

H13.2001 大賀さんのスケジュール（メモ）帳　

　前述した通り大賀さんは平成13（2001）年の2月から、診断記録や日々のメモをスケジュール帳に書き付けています。メモなのであまり心情的な事は書かれていませんが、それでも記録を一つずつ拾ってゆくと、大賀さんが入院中どんなことを思っていたかが見えてきます。

　その中に入院1ヶ月頃の、病状が箇条書きされています。『�@うつ。（改行）�@気分の落ち込み (2)意欲低下 �Bイライラソワソワ �C眠られない 食欲不振』（書かれたママ表記）
白血病と聞けば「血液のガン」と言われるように、治りにくい病気のイメージがあり、仕事や将来そして入院費の事など、大賀さんも日々不安を抱えて過ごしていたようです。余談ながらその頃会社も経営不振で、一時会社を移っていた頃でもありました。

　大賀さんの治療は、主に抗がん剤の投与だったようです。メモにある薬「ハイドレア」*1から推測すると、慢性骨髄性白血病*2かと思われます。遺伝性はなく慢性期には白血球や血小板が徐々に増加し、次に移行期、急性期へと進行するので、薬により白血病細胞を押さえ慢性期を維持する必要がありした。さて暗くなりがちな闘病生活ですが、大賀さんはその中にもみすゞのことで小さな楽しみを見つけていきます。

　入院の翌月の3月3日（土）には第4回みすゞコスモス交流会が、湯本温泉で開催され大賀さんは病院から祝電を打ちました。後日見舞い客から電報が読まれたと聞き大賀さんは、「祝電披露された!!」とメモしています。きっと何か面白い文でも思い付いたのでしょう。この第4回には映画「みすゞ」の監督、五十嵐匠氏も3月からの撮影のため参加されました。この映画には地元の人もエキストラ出演しているので、大賀さんも出来れば参加したかった事と思います。

*注1) 血球数をコントロールする薬。現在では更に生存率に効果が期待される治療薬が開発されている。
*注2) 骨髄中で血液（赤血球・白血球・血小板）を造る造血幹細胞が、がん化する病気。

　山口大学医学部付属病院（病院HPより）  

　こちらが入院していた山口大学医学部付属病院（写真）ですが、大賀さんは中央の第一病棟最上階（10階）にある、第一・第三内科（血液内科）に入院していました。病室は標準が4人部屋で、大賀さんは持ち前の人付合いで、患者同志、また医師や看護師にも早々に打ち解けていったようです。その時話のきっかけに出たのは、もちろんみすゞガイドのことでした。

　メモ帳には先生の名前の傍に小さな似顔絵を描き、看護師さんの名前には顔の特徴がメモしてあり、記憶の補助にしていました。そして絵葉書を買って、先生や看護師さんにみすゞの詩を書いて贈られたようです。また同病棟には2階に患者向け図書室があり、大賀さんはそこで小説「遺骨」を見つけ、(回診の）教授にもそのことを話したりしています。みすゞ関係の見舞客もあり、近々あるみすゞイベント情報もしっかりメモしていました。

　こうして大賀さんは、みすゞの話を仲介に皆と打ち解けていったようです。メモ帳にはそうして知り合った人の、名前と住所と共に退院日も記されており、退院後も手紙の交流があったようです。そういえば大賀さんはこの病院でも「人助け」をしています。

　その人はいろんな事情で人生に失望し治療を拒み続け、医師も看護師も匙を投げる患者さんだったようです。同室のよしみで大賀さんは、病気に負けずに治療するように説得を続けたそうです。おそらく大賀さんは自分の半生を交えながら、病気を治してこれからもみすゞを紹介してゆく夢を話した様に思います。初めは頑なだったその人も、大賀さんの度重なる説得に治療を受入れ、病気を克服すると二人はすっかり意気投合し、大賀さん亡き今でも遠方から便りが届くと言います。

檄文「1012号病室・七則」（H13.2001年）

　以上大賀さんも一人になると、不安で「うつ」に悩まされていたと思いますが、人と会ったりみすゞさんの話をすることで、かなり救われていたように思います。いつしか大賀さんは大きめの白紙に、1012号病室での決め事を書いた「檄文」（写真）を壁に貼っています。(写真参照) それには同室になった患者同士を仲間と呼び、

『○ 仲間だから、�@挨拶する。�A食事も仲良く食べる。�Bカラ元気でも出そう。�C夢を語ろう。�D都合のいいように解釈しよう。�Eオナラ タンセキ ウガイは遠慮しない。�F同室のものをおゝいに頼ろう。”遠くの親戚より、隣のベッド”。以上七則を守り、早く出ていこう。二度とかえるな。』とあります。

　これでは書いた大賀さん自身が「カラ元気」でも、出さない訳にはいかなかった事でしょう。実際にも抗がん剤の効果が現れて、白血球数も順調に抑えられ、一時は34.5kgまで落ちた体重も54kgと元に近づいています。(ちなみに身長は158cm) 4月末の連休には3日間の家での外泊許可も出て、大賀さんは中也記念館、県美術展、湯本温泉、あいさつまわり、父母の墓参にと駆け回っています。

　外泊を終えて病院へ戻った大賀さんは、メモ帳に「生きてればこそ出会いがアリ、生きてればこそ感動がアル」と記しています。ついで「5月のこえキク、さてまじめな患者にならねば」とも書いているのは、外出中に多少破目を外したことでもあったのでしょうか。

　その後も短期の外泊許可が出た後、平成13（2001）年5月12日ついに退院します。後は長門の病院に定期で通院し、5/25から職場・よ志乃に復帰しています。また元の様にみすゞガイドが出来ると喜び勇んだ事でしょう。その頃長門では映画「みすゞ」の完成試写会*1があり、ドラマ「明るい方へ明るい方へ」*2のロケも行われていました。そして2年間かけて全国を巡回してきた「金子みすゞの世界展」が、ルネッサながとにて8月から12回目の最終展示*3となっています。

*注1）監督・五十嵐匠、主演・田中美里、全国公開（2001年10月27日）に先駆けて数回開催された。
*注2）プロデューサー・石井ふく子、主演・松たか子、2001年8月27日TBS系列にて放送。
*注3）朝日新聞社主催。H11.1999年1月の下関大丸から始まった。

「仙玉さん イヨッ 名調子」（H14.2002.4.30 読売新聞）

「観光シンポジウム」での大賀さん（H14.2002.6）

　この年の6月には山口県及び県観光連盟主催の、「おいでませ山口 観光おもてなしキャンペーン」が開催され、「もてなしの心」をテーマにシンポジウムが開かれました。そこに大賀さんも長門市観光ボランティアガイドとして、四人のパネリストの一人に選ばれました。
　会場には観光業界や、観光ボランティアガイドら四百人が出席し、その席上で大賀さんは金子みすゞの詩も交え、おもてなしは「大上段に振りかぶらず、ちょっとした努力が大切。言葉が足りなくても駄目。笑顔で感動のキャッチボールが大切」と話されました。

　そして同じく6月には、翌年に迫った「みすゞ生誕100年」（H15.2003）に合わせ、金子みすゞ記念館の新築工事が着工されました。しかし10月10日、大賀さんは再び体調を崩し長門病院に入院し、次いで再度山口大学付属病院（1016号室）に戻っています。
小説の中で森川氏が書いているように、『去年の暮れ、あいつから白血病で入院したと連絡を受けて見舞いに行った。』とか、『アメリカのイラク進攻が始まった三月の終わり頃、入院先の病院から深夜、多久島は電話してきた。』とあるのは、この年（H14.2002年）の暮れから翌2003年の3月末の出来事のようです。

　その2003年の2月末の様子は、第4項「学芸員のつぶやき」の記述にある様に、『二・三日前に退院されたばかりとのことで、声もかすれ、顔色もすぐれませんでした。』という体でガイドをされていました。『４月に玉三郎さんから葉書を頂戴しました。「金子みすゞ記念館が開館しました。どうぞいらして下さい。私はまた入院しましたが、その時までに体を治しておきます。また案内させてください。」』とあります。

　大賀さんの遺したマンガ色紙 

寺田由紀子著「金子みすゞの詩を描く」

　この様に大賀さんの晩年は、闘病との合間に病院を抜け出ての、ボランティアガイドだったようです。その闘病生活を支えたのは家族の支えでした。その中でもお孫さんのお見舞いは、いちだんと癒された時間だったことでしょう。第5項でみすゞさんの肖像画を紹介しましたが、大賀さんは元々絵が好き

　その絵筆で人気マンガのキャラクターを描き、病室でお孫さんに手渡したのです。アトム・ミッキーマウス・サザエさん・ドラえもん・ちびまる子ちゃん・ピカチューがどんどん生まれ、同部屋だった患者さんのお子さんにも大好評だったそうです。(亡くなる前日まで花の絵等を描かれていました）
それはいつしか色紙の域まで発展していきました。(写真参照）ピカチューの「今日も一日 うれしく 生きよう。 玉三郎」(H14.10.17）そう励まされたのは、大賀さん自身だったかもしれません。大賀さんの遺した作品は太寧寺にある、お土産店「てんぐ屋」さんでも見る事が出来ます。

　絵と言えばこんな出会いがありました。平成15（2003）年4月11日、生誕100年記念日にみすゞ記念館が開館しましたが、長門市立図書館でも、みすゞの詩の情景を絵を描かれた寺田由紀子さんの個展が、4/11〜16迄開催されました。
　寺田さんは翌年発行した著書「金子みすゞの詩を描く」*2（写真参照）のまえがきにて、大賀さんのガイドでゆかりの地を巡った時の思い出を書き記しています。おそらくこれが私の知る、最後の大賀さんのガイド記述です。

 『・・四月十五日、その日は快晴のすばらしい空でした。金子みすゞの語り部として”仙崎の玉三郎さん”の愛称で親しまれている大賀佳文さんが人なつっこい笑顔で現れ、土地に不慣れな私を、あちらこちらと案内してくださいました。みすゞさんの通った女学校の門、当時のままの静かな佇まいで、ありました。みすゞさんが毎日通ったであろう川沿いの道、・・(中略）』

 『・・みすゞ晴れの空の下、みすゞさんの事を熱く語ってくれた玉三郎さんも、その後まもなく、訃報の知らせがありました。二十年も仙崎の地で、観光客にみすゞさんを語ってきた玉三郎さん、みすゞさんに会えましたか。今頃はみすゞさんに、みすゞさんが残した詩がどれほど多くの人に愛されているかを熱く語っていることでしょう。・・』

*注1）好きな画家は浮世絵関係の北斎や、古くは雪舟、現代では梅原龍三郎、加山又造とのこと。
*注2）2004年2月15日、株式会社 文芸社発行。

　市長宛てに出そうとした手紙（H15.5頃か)

　みすゞ記念館の開館により、以前にもまして全国から観光客が訪れるようになりました。大賀さんもその盛況を実際に目の当たりにしたことでしょう。おそらく体の許す限りガイドに応じたと思います。しかし新しい記念館には、ガイドから見て一つ問題点がありました。大賀さんが長門市長に向けて陳情した手紙が残っています。

　『前略・・みすゞ記念館のご盛況おめでとう御座います。私も二十年間*1語り部をつづけて来ました事を、無駄ではなかったと、喜びとしております。現在弊社よ志乃にも問い合わせが、殺到致しうれしい悲鳴です。みすゞ記念館と逐一連絡をとり対処いたしておりますが、火曜休館の件が、かなりネックになっているようです。みすゞ記念館はユニークな記念館でして、特例*2として休みのない記念館というわけにはいかないものでしょうか?　雑事を申し上げ誠にすみませんが、一応、今後の記念館の方針として・・（後略）』

　この手紙には切手は貼ってあるものの、実際には投函されていません。その余裕がなく出せなかったのか不明ですが、内容からすると開館後の4〜5月頃の、観光客を代弁した陳情内容となっています。その後記念館は年末年始期間を除き無休*3となりましたが、亡くなられる最後までそんな事を思っていたかと、大賀さんのガイドに懸ける思いを知る手紙です。そして翌月6月4日朝、大賀さんは長門市内の病院にて62歳の生涯を閉じられました。病名は重症性感染症*4でした。

*注1）青海島ガイドを始めた頃からの通算年数。
*注2）長門市の運営する他の、香月泰男美術館やくじら資料館等とは異なる特例として、の意味と思われる。
*注3）記念館は開館2年目の4月から最終火曜日のみ休館となり、その後年末年始期間を除き無休となった。
*注4）白血病治療等で免疫力が低下している時、感染症にかかった場合重症化しやすい。

　母・大賀久子さんの新聞記事（S60.1985.3） 

駅弁売り初期の大賀久子さん（S36.1961.6） 

　さて、ここまで大賀さんの晩年までを見てきました。最期になりますが、ここで大賀さんの母・久子さんの話をしたいと思います。久子さんは大賀さんが16歳の頃から、国鉄の駅弁売りとして家計を支え、その5年後ご主人が亡くなった後も駅弁売りで自活され、昭和60(1985)年3月、厚狭駅から急行列車が姿を消すまでの27年間、「駅弁おばちゃん」（写真参照）として乗客から親しまれていました。

　大賀さんが学生時代、小郡駅で駅弁売りをしていたのも、母の影響だった事でしょう。ここに掲載した最期の駅弁売りの記事は、大賀さんが保存していたもので、大賀さんがみすゞガイドを始めた頃と重なります。当時、久子さん（73歳）の駅弁売り引退の事は、いろんな局のニュースでも取り上げられ、大賀さんはそれを録音して残していました。

　（tysテレビ山口)「（久子さん）11月頃からね、辞めようかどうしようか、でも皆んなと別れるのが辛いなぁと思うてね、おりましたけどね。いよいよこの頃売れないしね。足がこのかなわないんですよね。20ぐらい、ここ（ホームの階段を）持って上がりよったんが、今5つ持ってやっとこで・・。寂しゅうなるからね、居ってくれって言うけど、弁当が売れなきゃ困るじゃないですかって。私の顔見たら安心するしゅう言われましょう。そやからなかなか辞められんでねぇ、未練があるんですよね。」

「（女性アナ）この間たくさんのお客さんと友達が出来て、年賀状も来るそうです。大賀さんの働く姿を見て、時々会いに来る京都の女性もいます。（中略）大賀さんはまだまだ元気ですが、名前も知らず所も知らないお客さんに、ひとことお礼が言いたいと言います。」

　(NHK)「（男性アナの声）大賀さんは駅弁売りを、休日なしで続けてきました。（中略）そして今月大賀さんは、27年間勤めた厚狭駅を去ることになりました。」
「（久子さん）仕事はとっても楽しいですね。弁当〜っちゅうのも、アイスクリームいうのもね。別に恥ずかしいと思わなかったですね。一生懸命だから。生きる為だから、ハハ・・。辞めるとなれば、寂し〜いこの胸の中を、風が吹き抜けるようなね、気持ちですね。みなさんに別れるのが辛いんです。ふふ・・。」

　親子働く職場に違いはあれ、ともに見ず知らずのお客さんとわずかな時間接してまた別れてゆく、でもそこから生まれる小さな出会いは、二人の仕事の支えとなっていったと思います。大賀さんは母の仕事に自分と繋がっている、何かを感じていたのではないでしょうか。駅弁売りを辞めたら全国を旅したいと、インタビューに答えていた久子さんでしたが、長年の立ち仕事の無理がたたったのか腎臓病を患い、大賀さんの暮らす長門市の病院で一年後に74歳の生涯*1を閉じられました。最後まで息子の仕事ぶりを、病院のベッドで気にしていたそうです。

*注1) 大賀久子さん。(明治44＝1911年10月6日 佐賀県生まれ〜S61＝1986年4月23日 74歳没）

　記念館前のツアー客と大賀さん（H15.2003.5.7）

　ガイドする大賀さんの最期の写真（写真左端部・上部に拡大）が見つかりました。出来たばかりの「金子みすゞ記念館」前の記念写真ですが、珍しくヒゲづら

　実は大賀さんは白血病で入院する半年ほど前、一時期 会社（よ志乃）の経営不振によりやむなく転職されますが、新しい会社の就任時（H12.2000年秋）、こんな挨拶文を書かれています。

　『私も、60歳を目前、残りの人生を、（せいぜい5年でしょうが）大切にして、総決算として、花咲かせたく、決心いたしました。お陰さまで、金子みすゞに出会い、その語り部として16年微力ながら、ひたすら語ってまいりました。また、人寄せパンダよろしく、「仙崎の玉三郎」でひろく愛されてもまいりました。

　私の「仙崎時代」はそれなりに充実したものでした。（よ志乃に）「三顧の礼」で迎えられ、志なかばに去るのは、寂しい限りですが、毛利元就も伊能忠孝も60歳をすぎて自分の目的の人生を歩きだしたわけで・・、「与えた恩はすぐ忘れろ、受けた恩は石に刻め。」をモットーに生きてまいります。私は去りますが、「よ志乃」は私の人生にとっても、大切な企業です。』と、会社への恩とガイドを辞めるつらい心情が書かれています。

　その闘病後は会社も持ち直したのか、大賀さんは再度「よ志乃」に復帰し「みすゞガイド」を続けることが出来たのでした。記念館が出来た時は、ツアー各社向けの内容で、『ついにみすゞ記念館が完成しました。感無量です。・・団体割引もあります。詳しくご案内ガイドいたしますので・・』と、いう宣伝の手紙も書いています。まるで生き急ぐかにも見えますが、たぶん大賀さんは自分に残された時間を知っていたのでしょう。

*注1）病気の顔色を隠すためヒゲをのばしたとのこと。

ツアーバス内の大賀さん　

　以上、大賀さんのみすゞ人生を辿って来ました。葬儀には県内外から大賀さんを知る、百人以上の弔問客が集まりました。

　特筆すべきはこれが新聞・テレビ等のマスメディアとは全く違った、一個人の草の根的な活動であったことです。そんな中でも大賀さんが心がけたのは、観光客との「心のキャッチボール」でした。ガイドをきっかけに知り合った人には、忙しい中でもすぐさま葉書で返信し、一期一会のつながりを大事にしていました。

　今回記事を参照させて頂いた美術館の学芸員さんへの返信もそうでしたし、ガイドを受けた寺田由紀子さんは自著に思い出を書き残されました。もっといえば大賀さんの思い出の記録を残そうと、個人の方がビデオやカセットテープにして、大賀さんに贈られたことも、受け手側からのキャッチボールだったと言えるでしょう。

　今回ご遺族様には、あらんかぎりの資料をご提供いただきました。ただ引揚げのせいで朝鮮時代の写真等は無く、大賀さんとみすゞを結んだ心の原点も、どこまで表現出来たのかわかりません。それでも森川雅弘氏の小説を始め、大賀さんはいろんな形で周囲に足跡を残されており、それらを一つずつ繋ぎ合せて大賀さんのみすゞ人生を振り返る事が出来ました。ご遺族はもちろん、聞き取り調査をバックアップして頂いた坂本様、藤井様、そして水津様の資料にも助けられました。また面識のない多くの方々の、記事や記録を参考にさせて頂きました。その他、いろんな形で記事にご協力頂いた全ての皆様に、この場を借り感謝を申し上げます。