はじめに  

  みすゞﾍﾟｰｼﾞを作り始めて以来、私はみすゞさんの詩や人物像が、どのようにしてふるさと長門の中で甦っていったのだろうか、と思い続けてきました。もちろんみすゞを発掘し、世に知らしめたのは矢崎節夫氏の努力によるものですが、ふるさと長門においても、みすゞ甦りを真剣に願って矢崎氏の調査に協力し、長門で当初から活動をしてきた人達の事を書きたいと思っていました。「金子みすゞへの旅」(写真)等*1 や極楽寺さんからの情報で、光田英一(みつたえいいち)さんのことは知っていましたが、活動初期の様子となると詳しい事は何も分からなかったのです。
  後にそれは羽仁雅助*2 (まさすけ)さん、光田*3 さん、水津百合信*4(すいずゆりのぶ)さん等、長門市郷土文化研究会のﾒﾝﾊﾞｰが中心だったと分かってきたのですが、当時私が知り得たのは地方雑誌やネット掲載された断片的な情報だけでした。

 その後「金子みすゞ顕彰会事務局長」の草場さんを訪ね、活動初期の概要や、かつて王子山のことを調べていた時に名前を聞いた水津さんの存在を知りました。そこで長門市郷土文化研究会の藤井さんの助けを借り、水津さんと羽仁さんの貴重な資料を目にすることが出来ました。それらの記述を年代順に見直し、書かれた内容の意味と意義を考察するとともに、資料の隙間を他の事実関係で補足していくと、当時の活動の軌跡が見えてきたのでした。それらを記述したものが以下の話となります。最初に羽仁雅助さんを取り上げますが、その中にも関連した人達の事を書き加えていこうと思います。

*注1) 島田陽子著 「金子みすゞへの旅」(1995.6.7発行、編集工房ノア)、「みすゞ通信」(第1号1990.2.10発行、金子みすゞ顕彰会)
*注2) 羽仁雅助氏(明治44=1911年7月27日生〜平成7=1995年11月25日 84歳没)、*注)3 光田英一氏(大正9=1920年2月16日生〜平成11=1999年1月9日 78歳没)
*注4) 水津百合信氏(大正14=1925年3月13日生〜平成25=2013年4月19日 88歳没)、このｼﾘｰｽﾞの資料の多くは水津氏の提供によるものである。

長門愛瓢会ﾒﾝﾊﾞｰと羽仁(前列左)さん家族(羽仁家ご遺族提供)  

「三径庵 瓢奇智老(さんけいあん・ひょうきちろう)」とは、瓢箪(ひょうたん)好きだった羽仁さんの雅号*1で、三径庵とは中国の詩人・陶淵明(とうえんめい)の「帰去来辞」*2 からとっています。昭和44(1969)年3月、日置へき小学校校長職を終えた羽仁さんは、かねてから思いをはせていた生涯教育として、老人大学や郷土文化研究に取組むとともに、昭和47(1972)年、光田・水津さんらを誘い*3 本格的に瓢箪作りを始め、瓢箪愛好会(長門愛瓢会)を結成します。この瓢箪作りに集まってきた人達との雑談や交流が、その後のいろんな会を形成する時にも役立っていきます。
 羽仁さんが長門市郷土文化研究会の第5代会長に就任したのは、昭和52(1977)年5月でしたが、その5年後の昭和57(1982)年6月、児童文学者・矢崎節夫氏の長年の努力により、金子みすゞが長門市仙崎の出身だと分かりました。そして同年8月に極楽寺さんの取り計らいで有縁者が同寺に集い*4、翌年、より深いみすゞの調査が矢崎氏より極楽寺さんへ依頼されました。この件は吉岡住職より長門市郷土文化研究会へ話がもたらされ、昭和58(1983)年3月22日*5に羽仁さん、光田さん、水津さん等のﾒﾝﾊﾞｰ が矢崎節夫氏と会見したのでした。

 羽仁資料には当時の様子を『敬仰(恩人)矢崎先生と初対面。五十八・三・末。極楽寺より連絡招待。出席者、羽仁、清水、光田、水津、立間。びっくり仰天、顕彰事業推進を決意。』と記しています。別項にもその日に『みすゞとの出会記念』とする注釈が見られ、初めて知った「みすゞの詩」に大きく心を動かされたことが分かります。

*注1) この「瓢奇智老」の当て文字の考案には光田さんも関わっており、羽仁さんはこの号を大変気に入り名刺にも印刷している。
*注2) 「帰りなんいざ／田園将(まさ)に蕪（あ）れんとす／胡（なん）ぞ帰らざる/・・」陶淵明が官職を辞し、故郷に帰る決意を述べた詩。故郷では幼い子が門で待ち、三本の小道(三径)は荒れてしまったが、庭の松菊はまだ元気で迎えてくれた、という詩を羽仁さんは自身に投影した。
*注3) 光田さんも元校長で教育方面では羽仁さんの後輩にあたる。水津さんは羽仁さんとは市営住宅時代からの知己で、羽仁さんの資料校正等を手伝い、公私ともにこの三人は行動を共にしていた。この愛瓢会写真にも羽仁(前列左)、光田(後列左)、水津(後列その右)氏の姿が見られる。右端は長門時事新聞の清水氏。
*注4) この様子は「童謡詩人 金子みすゞの生涯」のエピローグに詳しい。
*注5)　羽仁氏のメモによる。「金子みすゞの110年」にある矢崎氏の記述では3月23日となっている。

 蘇る女性童謡詩人・金子みすず記事 (山口新聞/S58.05.30より) (水津氏資料) 

  会見から間もない2ヶ月後、山口新聞にみすゞの記事が掲載されました。記事は金子みすず*1 の足跡紹介と、遺稿集発見に伴う全作品集の発刊と早くも文学碑建立の動きを伝えています。この文学碑建立を長門で提唱したのが、羽仁さん率いる長門市郷土文化研究会だったのでした。郷土でもみすゞの認知度がまだ低かった時期、この素早い行動にみすゞをふるさと長門に蘇らせようという想いが強く読み取れる記事で、逆にいえば「みすゞの詩」がいかに羽仁さん等ﾒﾝﾊﾞｰの心を捉えた事が分かります。以下その部分を記事から引用してみましょう。この山口新聞の記事は、「みすゞ」を大々的に扱った最初期*2 の新聞記事ではないでしょうか。

 『・・みすずの出身地長門市では、郷土文化研究会が「郷土が生んだ天才童謡作家の作品と足跡を広く市民にも知ってもらおう」と市内の老人大学で、みすずの研究発表を行っている。また28日に開いた同会総会で、光田英一会員がこれまでの研究資料を公開したほか、仙崎と長門市中央部に文学碑の建立計画も進めている。・・』

*注1) 最初期のﾒﾃﾞｨｱでの金子みすゞの表記は全国的にも「金子みすず」であった。本ﾍﾟｰｼﾞも当時の資料の記述によった。
*注2) よく知られる朝日新聞の昭和58年12月14日付け記事よりも半年早い記事である。

 「みすずの松」記事 (山口新聞/S58.06.07より)と 松を育てる会・入会葉書(いずれも水津氏資料) 

 羽仁さんは「愛瓢会」をはじめ、いろいろな会を立ち上げています。実はみすゞ調査が依頼された頃、羽仁さんは「長門市 松を育てる会」(昭和58年4月7日)の会長にも就任しています。羽仁さんは以前より市内三十余の名松に名前を付け、「ふるさとの景勝の松」として紹介していたのですが、近年その多くが松喰虫に倒れた姿を目にし、市民の賛助金を募る植樹運動を始めたのでした。
  そんな中で羽仁・光田・水津の三氏は、「愛瓢会」「松を育てる会」そして「郷土文化研究会」の共通ﾒﾝﾊﾞｰであり、常に行動を共にしていました。ゆえに三人はある時は「みすずの調査」、ある時は「松を育てる会」等と奔走していたのです。「松を育てる会」では当面の目標であった市内三十余ヶ所の補植を終え、次の計画であった「みすずの松」* 植樹第1号が、中央公民館前庭にて行われた(昭和58年6月)のでした。

*注)「みすずの松」はみすゞの享年に合わせ、全26本(数えで28とも)あったといいます。第1号の植樹は新聞や中央公民館だより(6項参照)にも取り上げられ、後に「露」次に「こぶとり」等の詩の案内板が添えられたこともあり、一般市民が「童謡詩人・金子みすゞ」の事を知るきっかけともなった。

 金子みすずを紹介する講演会(S58.8.17)(水津氏資料)と「みすゞ肖像画」(竹内家ご遺族提供)

 後に羽仁さんはこの「金子みすずを紹介する講演会」の経過報告メモとして、『金子みすずの霊 公認されてふる里に帰る』と記しています。小さなスタートをきったばかりの「みすずの甦り」でしたが、おそらく羽仁さんの感じた想いは、居合わせた関係者全員が感じた想いでもあったことでしょう。

*注) 主催、長門市郷土文化研究会・中央公民館・仙崎公民館、後援、長門市教育委員会・長門児童文化連盟で行われた。

 金子みすず紹介記事 (中央公民館だより/羽仁氏資料)

 長門市が最初にﾒﾝﾊﾞｰの活動を紹介したのは、「中央公民館だより」でしょうか。その昭和58(1983)年6月15日号の巻頭には、羽仁さん等が植樹している「みすずの松」写真(左)、次頁(右)には「みすず写真とﾌﾟﾛﾌｨｰﾙ」「露」「辨天べんてん島」の詩が紹介されています。羽仁さんは後の経過報告メモに、中央公民館と仙崎公民館の絶大な協力* があったと記しています。その後中央公民館には「みすず資料室」も設けられました。その時の公開内容の詳細が不明ですが、みすゞ写真が数点、遺稿集の写真、「私と小鳥と鈴と」「仙崎八景」等の遺稿集からの詩のｺﾋﾟｰ、西條八十の「下関の一夜」、ﾒﾝﾊﾞｰの作ったみすずﾌﾟﾛﾌｨｰﾙ資料が置かれたことと想像します。

 この「中央公民館だより」からﾒﾝﾊﾞｰの活動記事を見てみると、『郷土が生んだ天才童謡作家「みすず」さんの作品と足跡を広く市民に知ってもらおうと、現在、藤中(市内の地区名/ふんじゅう)の羽仁雅助・江良(えら)の光田英一の両先生が中心になって、「みすず研究の同好会」をつくり、いろいろな資料集めなどを進めておられます。』と書かれています。この「みすず研究の同好会」が、後の「長門みすゞ(の)会」へと発展してゆきます。

*注) 市民への詩の啓蒙活動の場として各公民館が場所を提供し、地域住民への参加を募ったこと、その他活動に対する便宜を計った事を指していると思われる。また後述の「長門みすゞ(の)会」の名簿にも公民館職員の名が見受けられ、人脈も取り込んでいった活動の拡がりが感じられる。

 金子みすゞ童謡詩集 No.1 (羽仁氏資料)  

 羽仁さん達の「みすず研究の同好会」は市民への啓蒙活動資料として、「金子みすゞ童謡詩集」第一号を発行しました。掲載した写真がその第一号かどうかは不明ですが、羽仁資料にあったプリントを紹介しておきます。
これはA4用紙を半分に折り袋とじした4ﾍﾟｰｼﾞもので、掲載詩には「お魚」「木(�T-90/上146)」「大漁」「電報くばり」「魚の嫁入り」「蚊帳」「露」「土」「土と草」「ばあやのお話」「仙崎八景」が見られます。これらの詩を見渡すと、限られた紙面にてみすゞ童謡詩の優しさ、ﾌｧﾝﾀｼﾞｰ、ﾕｰﾓｱ、そして深い愛情に満ちたまなざしを伝えようとする「想い」が感じられます。なかでも「仙崎八景」の詩は地元の人達にも、驚きと親近感をもって受け入れられたことでしょう。

 このようなプリントは、各方面へ配布*されたようです。特に羽仁さんは自ら「ガリ版刷り」で、この続編のような資料(そこでの掲載詩は「こぶとり」「げんげ畑」「私と小鳥と鈴と」「花のたましい」「土と草」「夢売り」「日の光」)を作成していて、メモに『あの手、この手で市民及世人に啓蒙宣伝』と記しています。地元山口の詩人・和田健氏など著名人にも面識を拡げ、夢中で取組んだ様子がうかがえます。
*注) 24項にも羽仁さん手作りの資料を掲載。

 みすゞ会出席帖(S58-S61) (水津氏資料)

 「みすず研究の同好会」では、参加する会員が増えるとともに、全員が集まって詩の勉強をしたり、収集した調査資料等の発表や情報交換をする必要が出てきたようです。そうしたことで昭和58(1983)年6月、当初十数名の会員により「長門みすゞ(の)会」が結成されます。
その後順次組織としての骨格を固め、会費制の組織として発足したのは同年9月27日の集会からでした。長門みすゞ会はその後、みすゞの月命日にあたる10日開催を目標に、毎月の定例会を開催していくのでした。

 図に掲げた表は長門みすゞ会が正式発足した、昭和58年9月27日から昭和61年9月11日までの出席帖で、会計係だった水津さんが保管していた貴重な資料です。これによれば発足当時のﾒﾝﾊﾞｰは15名(男性11+女性4)で、昭和61年9月には27名の名前が登録されています。会の運営のために年会費(2,000)の徴集がありました。これらの中で最多出席は光田さん(皆勤)、以下水津さん、みすゞの遠縁に当たる重山初枝さん、玄人はだしの画才でみすゞの絵を描いた竹内三郎さんでした。羽仁さんは途中から運営を光田さんにまかせたようで、そのあたりからの出席が少なくなっていますが、ともあれ会員はただ参加するだけでなく、みすゞの顕彰活動にも積極的に関わっていったようです。

 矢崎先生の取材に同行して(S58 水津氏資料) 

  啓蒙活動の一方で同好会は、みすゞの同級生や親族各位への調査と資料収集を行っていきます。大津高女時代、みすゞとともに卒業した第8回の卒業生はみすゞ本人を含め37人いました。この辺りの資料提供は当時大津高校にいた木橋先生が協力されたかと想像しますが、羽仁さんの資料には当時何らかの消息がつかめた、18名の「金子みすゞの同級生」名簿* が記されています。
  しかしながら大正9(1920)年の卒業から63年が過ぎ、同級生は結婚で苗字が変わり、すでに79〜80歳の高齢となっていました。さらに住所が不確定だったり、せっかく電話番号まで突き止めても、入院中とか死去されていたりとかで調査はかなり難航したことが想像されます。時にはカンをたよりに家々を訪問し、成果をあげたこともあったようです。ともあれこの調査にて「童謡詩人 金子みすゞ」の人となりを、同級生の口から聞くことができたのでした。

 同級生調査の中では思いがけなく、羽仁さんとのつながりもあった様です。河野千里(チサト)さん等は、羽仁さんの義姉(兄嫁)でもありました。同級生探しの時かは不明ですが、ﾒﾝﾊﾞｰ(左/羽仁さん、右/水津さん)と矢崎節夫氏(後方)が取材している時の写真(撮影は光田さんか?)が残っています。このような感じで「みすゞの人となり」を尋ねていったことでしょう。羽仁さんの同級生リストのメモには、訪問時に聞いたみすゞのメモ書きがあり、『円(まる)顔、よい方、物やわらかい、おとなしい、頭がよい、いじわるしない、孤独の人、亡くなった時惜しい人となげいた』等と記されています。

*注) 伊藤静さん、井上スイさん、志道乃枝さん、岡本トヨさん、片山ヨシ子さん、河瀬ヒナさん、河野(かわの)チサトさん、河辺千代子さん、国司信子さん、佐藤アヤメさん、斉藤フジさん、鈴木チエさん、長峯チヨさん、波多野千春さん、宮川サダ子さん、山崎秀子さん、山本ヨネさん、要若(ようじゃく)チヨさん。(全て旧姓)

 金子家系図(羽仁氏資料)  

  作成時が不明(おそらく昭和58年内か)ですが、羽仁資料にはみすゞ家系図の調査途上のメモ(説明上、色分けしました)が残されています。これを調査途上と判断したわけは、下段のみすゞさん(テル/赤枠)の兄堅助さん(青枠)の命日*に違いがあったり、上段の祖母ウメさん(紫枠) 以前の家系がまだ不明(金子五郎兵衛、マス夫婦のこと)となっていること等によるもので、このようにして調査の記録をしていったという様子を紹介するために掲載しました。

 さらにこの家系図にはいろいろなメモがあり、『母再婚の後 祖母ウメ、兄堅助、テル三人暮らし、昭和6年まで兄堅助は本屋を経営』とか、『金子みすず、色白、ぽっちゃりしたかわいい子。やさしく誰からも好かれる、決して人のいやがる事をしない』等と、羽仁さんが直接聞いたメモが書かれています。弟の正祐さん(緑枠)には『上山雅輔/上山松蔵氏の養子』とあり、このように「関係者像」も書き添えながら、調査を進めて行ったことがわかります。

*注) 金子家墓碑によれば堅助さんの命日は昭和59年8月16日で、この資料では1年前となっている。

 28回市民文化祭行事案内(S58.11.26-28)(羽仁氏資料)/「全集発刊の予告」記事 (山口新聞/S58.11.24より)(水津氏資料)

  みすゞと出会って8ヶ月、昭和58(1983) 年11月26〜28日、郷土文化研究会会長として羽仁さんが取組んだのは、長門市で毎年秋に行われる「市民文化祭」の行事でした。案内葉書(左)には県下著名の詩人・和田健(たけし)氏を招き、「長門市ゆかりの文人たち」の講演と、「第3回明治大正昭和郷土写真展」を展示するとあります。講演の詳細内容は不明ですが、長門に甦った金子みすゞの話も、近松門左衛門、児玉花外、横山健堂等の話の合間につけ加えてもらうよう、和田氏に依頼していた事が想像されます。

 羽仁さん手作りの資料「金子みすゞ童謡集」(ガリ版印刷)には、和田先生よりとして、『参考資料、昭和13年7月15日発行の詩華集「山口縣詩選」(金子みすゞ作品収録)』の事が書かれています。「山口県詩選」の事は、和田さん(自身の作品も掲載されている)を通じて知った事と思います。また同11月の山口新聞記事には「明治大正昭和郷土写真展」とともに、「金子みすゞ資料展」を開催する記事が載っており、さらに11月24日付の同新聞(右写真)には、全集の発刊予定(来年3月)記事も掲載されています。その記事には『長門市金子みすゞ研究会でいま予約を取り次いでいるので、希望の人は長門市東深川の光田英一さんか羽仁雅助さんへ申し込めばよい。』とあります。つまり「あの手、この手で(金子みすゞを)啓蒙宣伝」したという羽仁さんですから、この文化祭の機会も見逃すこと無く、みすゞの宣伝と啓蒙活動を行っていたと思われます。

 詩華集「山口縣詩選」(昭和13年) 山口県立山口図書館蔵(部分)   

 ここで、その詩華集「山口縣詩選」昭和13年7月15日発行 について触れておきたいと思います。同詩選は山口県の詩人、福富武人(1910-1984)と長谷執持(1914-?)の二人により、昭和13年に至るまでの山口県出身、もしくは山口有縁の詩人39人の詩を収録したもので、近代の山口県詩人の作品を纏めたものでは最初期のもののようです。
 ﾍﾟｰｼﾞを開くと児玉花外、国木田独歩、吉田常夏、種田山頭火、中原中也、和田健等の詩人にまじり、みすゞの「杉の木」「土」が掲載されています。それにしてもかつては、こうした県内の若い詩人達にも金子みすゞの詩が知られており、詩選に登録されていたことは特筆に値します。

 本の巻末にあるみすゞの略歴には、『下關が誇る女流童謡詩人、西條八十に愛されて、大正の後期より當時の雑誌「童話」に據(よ)り認められ、その實力(じつりょく)は天才の名を以つて稱(しょう/たたえること)せられし程であつた。(中略) 生命を自ら断つに至つたと云(い)ふ。それは昭和五年春三月のこととか。生前、日記帳に細いペン字で書きためられた童謡集が三冊、今その正本は師の手元に、副本は令弟上山氏の手許に残る。』とあります。

 「昭和58年長門市市民文化祭・みすゞコーナー」(水津氏資料)

 石飛翆鳳氏の書は、『薄命才媛此地眠 可憐遺稿玉韻篇 故山髣髴臨津駅 不巧童謡道統伝』(一部簡略文字に置換)と書かれています。羽仁さんのノートを参考にし、私なりの解釈をしますと「薄命の才媛、此地に眠る 可憐遺稿、玉韻(玉の様に清らかな詩)の篇 故山(かつての故郷)髣髴(=彷彿)する津駅(しんえき=渡し場)に臨めば 不巧の童謡、道統(どうとう=同志により受け継がれ後世に伝わって行くさま)し伝ふ」かと読め、みすゞの啓蒙をするメンバーの活動にも言及した内容かと思います。

 「全集予約申し込み書」(水津氏資料)と「金子みすゞ遺稿集注文者」リスト(羽仁氏資料) 

  新聞記事などから推測するに「金子みすゞ全集発刊」の具体的な動きは、おそらく昭和58(1983) 年6月頃から始まり、発売時期までが明確となったのは11月中頃ではないでしょうか。出版は出来たばかりのJULA出版局(当時は和田義臣社長、後に大村祐子社長)が担当しましたが、当初 遺稿集三冊を刊行するには300万円程の費用が必要とされていました。
  計算上、1部 10,000円で300部販売(最終的には1000部限定販売となった)することとし、そのうちの100部を長門みすゞ会が引き受けることとなりました。写真左はその当時の予約申し込み書*(左写真) で、表面にはみすゞ写真と「大漁」の詩、裏面には遺稿集の写真とみすゞのﾌﾟﾛﾌｨｰﾙが書かれています。

 写真右は羽仁資料にあった「金子みすゞ遺稿集注文者」のリストで、注文を得られそうな人の名が揚げられて、実際予約を貰うと○印を書き入れていたようです。この当時長門みすゞ会のメンバーは15人程(出席簿より推定)でしたから、一人平均で6〜7人もの(実際はそれ以上か)予約を募ったと思われます。この申込書は先の11月の「市民文化祭のみすゞコーナー」にも置かれたようです。翌月の12月14日の朝日新聞の全国版(山口版では12月15日)で、みすゞのことが大々的にとり上げられ、かなりの追い風にはなりましたが、いくら郷土出身の有能な詩人とはいえ、まだ出来てもいない高価な詩集を予約してもらうのは、結構大変なことだったかと想像します。
*注)この予約申し込み書が、本文ページ「旧金子みすゞ記念館の思い出」8項 にある予約チラシである。

 金子みすゞ女史の生涯と文学歴と仙崎八景に就いて (羽仁氏資料)  

  長門での全集出版発表会は、翌年昭和59(1984)年3月10日と決まりました。その日に合わせ会員にはすべきことが多くありました。赤崎山での「露」の詩碑建立準備、全集出版の記念祝賀会準備、そして第1回みすゞ忌法要準備などでした。
そんなあわただしい昭和59年1月17日、羽仁さんは「金子みすゞ女史(本名テル)の生涯と文学歴と仙崎八景に就いて」という第1回調査報告(左写真)を纏めています。

 内容の冒頭には金子みすゞの童謡詩人としての紹介及び賞賛のことば、みすゞ童謡碑の設置計画を載せています。合わせてみすゞの年譜と共に、長門でおきた出来事や長門の文学者の記述があり、この後には仙崎八景の地を詳述したページが続いています。みすゞの晴れの舞台の日をふまえ、一生懸命作成したことと思われます。

「露」が掲載された「童話」(大正15年4月号・復刻版)

  みすゞ詩碑 第1号に選ばれた「露」の詩は、「童話」大正15年4月号の「特別募集童謡」蘭でみすゞの作品が入選した時のものです。これはフランス留学中の西條八十が、日本の「童話」の投稿者から童謡を特別募集したものでした。
当時、童謡蘭の選者は八十の恩師である吉江孤雁が代理で務めていましたから、みすゞ等の八十時代からの投稿者にとっては、久しぶりに八十選を仰ぐ絶好の機会なのでした。その特別募集の入選者*の中でも、トップページに自分の詩(右写真)を見つけたみすゞは、どんなに嬉しかったことかと想像されます。
 詩碑に「露」の詩が選ばれた訳には、こうした背景もあったでしょうがメンバーはじめ長門市郷土文化研究会(羽仁雅助会長)、長門みすゞの会(光田英一会長)の選考においても、『他にも候補があった中で詩の中に描かれた、みすゞの「やさしい心」が人々の気持ちを捉えたから』(水津さん談)といいます。

 「誰にもいはずにおきませう。/朝のお庭のすみつこで/花がほろりと泣いたこと。/もしも噂がひろがつて/蜂のお耳へはいつたら、/わるいことでもしたやうに、/蜜をかへしに行くでせう。」(�U-129/上190)

*注) 大人の部の入選には他に、島田忠夫(夜話)、原勝利(流れ星)の作品が掲載されている。

 「露」の詩碑(長門市郷土文化研究会「長門のいしぶみ」より)  

  赤崎山における「露」の詩碑建立は、羽仁さんの干支の性格のごとく、<猪突猛進>であわただしく進んだようです。第一回調査報告に続いて書かれた、羽仁さんの「長門の文学公園設計試案」(2月13日付)には、すでに近松門左衛門*1 はじめ郷土の偉人の碑が建つ赤崎山や、地元俳人の句碑も並ぶ八王子山公園を、長門の文学公園とする構想が記されていますが、そこにはすぐ目前に迫った2月中旬の竣工日程や、露の詩碑(黒御影石)に刻まれる具体的な内容が盛り込まれています。
  見方を変えれば試案はすでに進行しており、金子みすゞ詩碑を設置するにあたって、各方面に向け了解を得るために作成された感さえあるのです。もっと言えばこの詩碑建立に賭ける羽仁さんの、ひいては関係者の一途な思いを感じる資料と言えます。

 碑面の書はみすゞ会メンバーの「祖峰」こと内山準二氏があたり、施工は地元の吉田石材さんが破格の篤志で応じたということで、このみすゞ詩碑第1号はまさに関わった人達の手作りといったものでした。一般的に詩碑の建立日は昭和59年3月10日とされていますが、山口新聞の2月17日記事には、碑が建ったことを伝える最初の記事*2が載っていますが、それは招待客も呼んでいない、かなり内輪な竣工だったかと思われます。会員の方が書かれた、詩碑にちなんだこんな詩のメモが残っています。
「誰にも言わずにおきましょう。/赤崎山のかたすみに/詩碑がひっそり建ったこと/もしも噂がひろがって/ひとのお耳に入ったら/わるいことではないからと/見にいく人もいるでしょう」

*注1) 長門には「近松門左衛門出生の地」であるという伝承がある。
*注2)「露」の詩碑の建立日は、公には同年(昭和59年)3月10日である。

「露」の詩碑・建立の趣意書 (羽仁氏資料)  

 金子みすゞ全集出版記念祝賀会で挨拶する羽仁会長 S59.3.10 (水津氏資料)  

 仙崎八景「はなすら」(戦前絵葉書)  

 「仙崎八景」及び関連地図 (羽仁氏資料)  

 「仙崎八景」の詩を知った羽仁さんが、考えたことは「八景の詩」を中心に置き、故郷と結びつく詩跡探訪を提唱しながらみすゞの顕彰をすることでした。その成果は『金子みすゞ童謡詩跡探訪 仙崎八景と背景』(観光案内手引き書)という27ページ余の手作りの冊子に纏められており、その範囲は仙崎半島のみならず青海島全体にも渡っています。
 その表紙には「露」の詩を掲げ、「山口縣詩選」も参照し、略歴と家系図、生誕の地の説明と続き、「仙崎八景」の詩の解説をしています。説明範囲は詳細な歴史文化に及び、時には瀬戸崎小学校歌、仙崎小唄、民謡、俳句等にも言及しています。
 この冊子により羽仁さんが提唱したのは、これまでとかく青海島の海上アルプス観光基地としての仙崎の位置に、新たにみすゞの「仙崎八景」を結びつけることでした。

  実際現在になってみるとその事は後の金子みすゞブームと相まり、みすゞ会から顕彰会さらに現在のボランティアガイド活動の中にもひきつがれているのです。まさに羽仁さん等メンバーの活動は、仙崎におけるみすゞ探訪ツアーの基礎を作り上げた、と言ってもいいでしょう。

 

 仙崎八景「王司山(=王子山)」(戦前絵葉書)  

  さて、ついでながら以前「みすゞ通り-1」4項にて「王子山にあった公園」や「忠魂碑」の話を、いつかﾒﾓﾘｱﾙﾍﾟｰｼﾞでお話します、と書きました。羽仁さんは限定版「金子みすゞ全集」の別冊「思ひ出の記」の中で「仙崎八景」にふれ、王子山の公園と桜について次の様に記しています。
『・・大正七年頃、この山を公園化しようとして、神木を切り桜を植えたが、桜は育たず、切られた神木の切株から新しい芽が萌え、今日のように昼尚暗く、霊気漂う社叢林となり、昭和58年文化財の指定を受け保護されることになった。・・』
  公園の木が切られた面影を残すような「王司山(=王子山)」の戦前絵葉書があります。場所はもちろん仙崎の「瀬戸の渡し」側から撮ったもので、向こう岸の「王子山」右手に船着場があり、王子社へはそこから登ることが出来ます。写真をみると山頂部の木々根元付近に、現在の王子山では見られない連続した隙間が確認出来ますが、おそらくそれは大正7年の公園整備で、木々が伐採もしくは間伐された名残のようにも思われるのです。その山頂部右手には忠魂碑*の白い塔(写真左上に切出し表示)もみられます。

*注) 写真集「ふるさと長門」の写真(昭和初期)でも、忠魂碑の存在が確認できる。忠魂碑は大正4年建立され、その後王子山公園に移設されたものと思われる。王子山公園は、青海大橋の青海島側取付部高台にある公園で、忠魂碑とみすゞの「王子山」詩碑がある。

 第2回合同みすゞ会(昭和61年)での羽仁さん(羽仁氏資料)  

 名刺がわりのみすゞ紹介資料(昭和59年7月毎日新聞)(羽仁氏資料)  

 おわりに